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闘うピアニストに学ぶ「自己実現のセオリー」④


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さまざまな視点

国際的ピアニストとして多方面で活躍されている、大阪音楽大学准教授の赤松林太郎さん。この連載では、音楽家も意識すべきSNS戦略をはじめとするビジネスマインドや情報収集の手法、セルフプロデュース術を、“闘うピアニスト”赤松さんの経験に基づくお話からひもときます。第4回のテーマは「自分を売り出すビジネス戦略」です。(全5回連載)

【第4回】自分を売り出すビジネス戦略

一つに賭けるのではなく、できることすべてを出しておく


コロナ禍になり、ネット上、つまり空中戦での在り方として、YouTubeを活用しようと考えました。その構想自体は以前から持っていましたが、クオリティにおいて満足できるものを残す環境が整っておらず、時流に乗れずにいたので、本格的に使い始めたのは最近のこと。さまざまな配信元からの動画コンテンツの提供は多くありましたが、自分主体で発信するには、「こういう演奏家になっていく」というスタンスを示さなければならない。その方向性と撮影・編集チームが固まったので始めたわけです。

自身のYouTubeチャンネル「赤松林太郎 RINTARO AKAMATSU」で初めて配信した動画(2021年1月28日公開)

クラシックの音楽家には、いまだに仕事が上から降ってくると思っている人や、自分で売り出すのを「はしたない」と思っている人が少なくないようです。YouTubeをはじめ、こんなに多様なことが制約なくできるようになったのに、なぜ演奏家の多くが未だにやっていないのか、不思議でなりません。だって表現したいんでしょう。いい意味で、スペシャルな自意識、自己特別感は絶対にあるはず。手段があるのに表現をしないなんて、本当に演奏家になりたいのと思ってしまいます。

自分にできることはすべて可能性として出しておく。一つに賭けるのではなく、それぞれの道を整備しておく。いろいろなところに通じる道をつくっておく。どの道がどうつながるかも、どこで消えるかもわかりません。一度、消えたとしても、その道にも続きがあるかもしれない。とにかくできるときに全部調べて、どんなルートを使えばできるのか、どんなノウハウがあれば達成できるのかを考え、実行していくんです。それって生きていて一番、面白いことじゃないですか。

種をまいておけば、自分が知らない間に展開していくこともある


僕は、学生時代にインディーズレーベルをつくりました。当時は大手のレーベルと契約してリリースする時代で、自分でつくるなんてクラシックではきわめて少数でしたが、パリ留学中に思いたって挑戦。CDをつくるプロセスを一から図にして、どこでプレスするのか、バーコードをどうやって取得するのか、著作権料はどうやって払うのかなどについて調べ、自分でデザインするためにIllustratorも手に入れました。習いに行くお金はなかったので、解説書を見ながら作業し、参考になるような素敵なチラシを集めたり、パリ中のポスターを撮ったりと、とにかく独学を重ねる日々でした。時間のある学生時代だからこそできたことですし、その経験は今に生きています。当時からレコーディング~編集に至るまで手がけてくれているエンジニアは、実は大学時代の同級生。今では立派にスタジオを構え、私以上の「耳」になっています。

現在は大手のキングインターナショナルから主にリリースしていますが、一方で「サブスクって楽しそう」「自分でもアルバムを配信したい」と思うようになりました。今でこそ浸透しましたが、まだクラシックのイメージは薄かった頃、ヨーロッパで一番使われているSpotifyをずっと追いかけ、マニアックに聴いていたら、僕がアンバサダーを務めているCASIO(カシオ計算機株式会社)のマネージャーがいろいろ教えてくれたんです。登記済みのインディーズレーベルを持っていると伝えると、すごく強いディストリビューター(流通業者)を紹介してくれて、配信の契約に至りました。

エンジニアを手配すれば自宅のスタジオで収録できるので、コロナ禍になってからすぐに空中戦をスタートしました。現在は8アルバム配信していて、Spotifyのリスナーは月間1万人以上。多いときは5万人にのぼります。Spotifyで僕のことを知らずに聴いたうちの1人か2人が、興味をもって僕のことを調べてくれる。それで声をかけてくれたのが、イギリスのレーベルやスイスのエージェントです。それも、始めてからわずか1年以内のこと。それほどSpotifyの影響力は大きいんですよ。でもいつも気をつけていることは、数を出すことばかりではない。意味を持つ数を出すためのクオリティです。演奏、プログラム、録音の質、デザインすべて。

Spotifyの赤松林太郎アーティストページ。月間リスナーは1万5000人近くを記録している
(月間リスナーは直近28日間の人数をカウント)


これまでにリリースしたCDも空中戦に加えて、サブスクで配信しています。配信を始めたことによって、国内大手航空会社の国際線で3ヶ月間もプレイリストに入り、コロナ禍で数十万の収入を生みました。これは原盤権が僕にあったことで、収入はレーベルではなく僕に入りました。先行投資がいかに物を言うかを思い知った出来事です。配信してしまえば、あとは放っておいても何かしらの公式プレイリストに入っている現状。1回再生で0.1円だとしても、BGMとして流れている限り1円が10円になり、100円になる。それってバカにはできませんよね。何もしなければ入らない1円ですから。空中戦で展開しているコンテンツを地上戦に持ってくるのは簡単で、グッズ化しようと思えば低コストでいつでもできます。

人間そのものが表現。遊びも仕事につなげていくほうが面白い


僕は基本的に3ヵ月ひとスパンでスケジューリングしています。仕事だけでなく、外食も旅行もめちゃくちゃ行くんですよ。具体的に言うと、冬場はコンサート等の予定が入ったらスキーの予定を決める。だから僕の冬の仕事は北国が多いんですよ(笑)。これも一つのビジネスモデルです。このスタイルで信頼関係が成り立っているから「先生、今回はどこで滑られるんですか」と声がかかる。ちなみにSNSではスキーの動画も出していますし、ファーストランは絶対「実況放送」と決めています。

スキー実況(赤松林太郎 Twitterより)

ちなみに撮影で使用している“GoPro HERO 10”は水に強いので、吹雪や雨まじりのコンディションでも問題なし。いずれはスキューバダイビングでも使いたいですね。もちろんピアノ演奏でもなめらかな画質が得られるので、重宝します。

遊びも全部つなげていくほうが面白いでしょう。あるところを切り取ったものが表現ではなく、人間そのものが表現です。人そのものが面白いというのは大切なことですが、いきなり完成品は出てこない。少しずつファンを増やし、社会に鍛えられ、磨いてもらうことが大事なんだとしみじみ感じています。

可能な限り細かく情報を出しておくと、新たな機会が増えることにつながります。だから丁寧に仕事をするというのは、どんなことがあっても大事です。しかし、せわしない現代においては、なんでもワンクリックで終えられるようになってしまいました。丁寧さが失われているんです。丁寧に接する、丁寧に考えることが、ワンクリックの時代でもチャンスにつながっていくということを、演奏家をめざす人たちにも伝えたいですね。

Interview&Text/三浦彩
Photo/本人提供


赤松林太郎(Rintaro Akamatsu)
世界的音楽評論家ヨアヒム・カイザーにドイツ国営第2テレビにて「聡明かつ才能がある」と評され、マルタ・アルゲリッチやネルソン・フレイレから称賛された2000年のクララ・シューマン国際ピアノコンクール受賞がきっかけとなり、本格的にピアニストとして活動を始める。
1978年大分に生まれ、2歳よりピアノとヴァイオリンを、6歳よりチェロを始める。幼少より活動を始め、5歳の時に小曽根実氏や芥川也寸志氏の進行でテレビ出演。10歳の時には自作カデンツァでモーツァルトの協奏曲を演奏。1990年全日本学生音楽コンクールで優勝。神戸大学を卒業後、パリ・エコール・ノルマル音楽院にてピアノ・室内楽共に高等演奏家課程ディプロムを審査員満場一致で取得(室内楽は全審査員満点による)、国際コンクールでの受賞は10以上に及ぶ。
国内はもとよりアジアやヨーロッパでの公演も多く、2016年よりハンガリーのダヌビア・タレンツ国際音楽コンクールでは審査委員長を務め、ヨーロッパ各国で国際コンクールやマスタークラスに度々招かれている。キングインターナショナルよりアルバムを次々リリースする一方、新聞や雑誌への執筆・連載も多く、エッセイや教則本を多数出版。メディアへの出演も多い。
現職は、大阪音楽大学准教授、洗足学園音楽大学客員教授、宇都宮短期大学客員教授、Budapest International Piano Masterclass音楽監督、Japan Liszt Piano Academy音楽監督、カシオ計算機株式会社アンバサダー。