グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



  1. Home
  2.  >  Feature
  3.  >  闘うピアニストに学ぶ「自己実現のセオリー」③

闘うピアニストに学ぶ「自己実現のセオリー」③


\ Let's share! /

さまざまな視点

国際的ピアニストとして多方面で活躍されている、大阪音楽大学准教授の赤松林太郎さん。この連載では、音楽家も意識すべきSNS戦略をはじめとするビジネスマインドや情報収集の手法、セルフプロデュース術を、“闘うピアニスト”赤松さんの経験に基づくお話からひもときます。第3回のテーマは「音大生の就活事情と自己実現」です。(全5回連載)

【第3回】音大生の就活事情と自己実現

音大生に限らず、就職するには求められる人間になることが必要


「音大生は就職できない」と言われるのはなぜでしょうか。

僕が考えるに、音大生は「就職できない」のではありません。音大生は根気強く努力できる分、社会でも活躍できる力を秘めているはずなんです。最近は新卒で入社しても、研修期間中に辞めてしまう人が少なくないと聞きます。それに対して、音楽を続けてきた人間は基本的に我慢強いですよね。飲食も忘れて何時間も練習に打ち込むなんてことは日常茶飯事。ではどういうことなのか。端的に言えば、「就職する気がない」のです。一般大ならほとんどの学生が就活をしますが、音大生で積極的に就活しているのはほんの一部であることからも明らかでしょう。

音大生の就活事情を変えるには、全体的な熱量を上げるところから始める必要があります。まず大前提として、就職するためには社会から求められる人間でないといけません。つまり “熱量”のある人間です。これは音大生に限らず、一般大でも短大でも同様です。それを踏まえて、僕が学生たちに対して今一番思うのは、「本当に君たち、音楽に本気で向かっている?」ということ。残念ながら、学生たちの音楽への熱量はさほど高くないように感じます。心底音楽が好きならもっと心血を注ぐはずです。結局、どれだけ僕たちが後押ししても、何かに向かう熱が足りない人間は社会から求められないし、就職もできません。


もちろん学生だけでなく、音大側の意識も変えなければいけません。企業への就職だけでなく、フリーでも生きていけるような“自己実現”のためのセルフプロデュースや人生設計を視野に入れた教育に、学校全体で取り組むべきだと考えます。たとえば、フリーランスの音楽教室。自分が満足できる形で経営し、その結果生活が成り立てば、それも一つの就職と言えるでしょう。

就活では、自分が学生時代にこんなことを考え、こんな土壌で、こんなことを模索し実現した、という経験は、コンクールでの受賞にも勝るキャリアになります。SNSでバズらせる力だって決してあなどれない。自作の音楽コンテンツで得た数十万回の再生回数の方が、企業はよっぽど興味をもってくれるのです。そういったことを学生に伝える機会が、今の音大には足りないのではないでしょうか。

何を捨て、何を得るかを考える


就職もできず、自己実現のためのプロセス形成もないまま卒業すると、結果的に「家事手伝い」になってしまいます。ただし家事手伝いでも、次の目標のための準備期間になるなら誇らしい時間です。大事なのは自己実現に対する強い熱量。そのうえで、目標達成のためにどれだけ自分を捨てられるかが鍵になってきます。練習にどれだけの時間を費やせるか、どれだけ楽譜やレッスン、研修、コンサート等にお金をつぎ込めるか、プライドを捨てられるか、私生活をさらせるか――。何を捨て、何を得るかを考えることが自己実現につながる一歩です。

YouTuberとしても大活躍している“マッチョなピアニスト”のフォルテ君っていますよね。実は、彼がまだフォルテ君として活動していなかった頃に松山で教えたことがありました。とは言え、最近まで彼がフォルテ君だと知らなかったのですが、売れ出してから突然Twitterで僕宛に書き込みがあったんです。彼がショパンコンクール*で金賞を取ったのはレッスンの直後でしたが、言われてみれば確かにマッチョだったなと(笑)。

*)「ショパン国際ピアノコンクール in ASIA」のこと

YouTuberとしても大活躍のピアニスト“フォルテ君”のYouTubeアカウント「僕、フォルテ/Mr.Forte」より


彼は強い意志をもって自己実現をしています。ファツィオリのフルコンサートグランドピアノを手に入れ、すてきな家で家族と幸せに暮らしている。取捨選択しつつ突き詰めた結果、彼は望むものを獲得したんだから、すごく立派だと思います。目標を達成したことで、次に登りたい山も見えてくるだろうし、現在は演奏のさらなる上達にも本気で取り組んでいるそうです。

まずは自分を見つめ、自分がどうなりたいのかを考えること。早い段階から着手することで、自分たちは既に就職予備軍なんだという意識が芽生えますし、そのなかで、自分は演奏家でやっていくという決意と覚悟を持った人も出てくるはず。演奏家にはそれが不可欠なのです。

Interview&Text/三浦彩
Photo/本人提供


赤松林太郎(Rintaro Akamatsu)
世界的音楽評論家ヨアヒム・カイザーにドイツ国営第2テレビにて「聡明かつ才能がある」と評され、マルタ・アルゲリッチやネルソン・フレイレから称賛された2000年のクララ・シューマン国際ピアノコンクール受賞がきっかけとなり、本格的にピアニストとして活動を始める。
1978年大分に生まれ、2歳よりピアノとヴァイオリンを、6歳よりチェロを始める。幼少より活動を始め、5歳の時に小曽根実氏や芥川也寸志氏の進行でテレビ出演。10歳の時には自作カデンツァでモーツァルトの協奏曲を演奏。1990年全日本学生音楽コンクールで優勝。神戸大学を卒業後、パリ・エコール・ノルマル音楽院にてピアノ・室内楽共に高等演奏家課程ディプロムを審査員満場一致で取得(室内楽は全審査員満点による)、国際コンクールでの受賞は10以上に及ぶ。
国内はもとよりアジアやヨーロッパでの公演も多く、2016年よりハンガリーのダヌビア・タレンツ国際音楽コンクールでは審査委員長を務め、ヨーロッパ各国で国際コンクールやマスタークラスに度々招かれている。キングインターナショナルよりアルバムを次々リリースする一方、新聞や雑誌への執筆・連載も多く、エッセイや教則本を多数出版。メディアへの出演も多い。
現職は、大阪音楽大学准教授、洗足学園音楽大学客員教授、宇都宮短期大学客員教授、Budapest International Piano Masterclass音楽監督、Japan Liszt Piano Academy音楽監督、カシオ計算機株式会社アンバサダー。