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【特別講義】一本のギターに音が宿るまで ―製作家が語る素材・構造・響きの秘密


ギター製作家の君島聡さん

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ニュース

2026年7月2日(木)、クラシックギター製作家・君島聡氏による特別講義「楽器構造論」が開催されました。大西洋二朗講師(ギター・マンドリン専攻)による講義レポートをお届けします!


幾重もの工程を経て完成するクラシックギター

河野ギター製作所の礎を築いたのは、創業者の河野賢(1926–1998)である。河野は1967年、クラシックギター専⾨誌『現代ギター』の出版社を設⽴し、その年にベルギーで開催された国際ギター製作コンクールで優勝した。この快挙は、当時盛り上がりを見せていた日本のクラシックギターブームをさらに後押しする出来事となった。

河野氏は、木材の状態を見極めながら丁寧に仕上げる工法を守りつつ、製作工程の効率化にも成功した。また、自社の製作にとどまらず、他のギターメーカーへの技術指導も行うなど、日本のギター業界全体の発展にも大きく貢献した。

その技術と理念は、桜井正毅氏(1944–2025)へと受け継がれ、現在は君島聡氏(1983–)がその流れを継承している。約10名の職人が在籍する製作所では分業制を採用し、河野や桜井は総合的な設計と音づくりに専念してきた。弦から伝わる木の振動をいかに効率よく豊かな音へと変換するかがギター製作家の役割である、という思いは今も変わることなく受け継がれている。

ギター製作はまず表板・横板・裏板を作製し、それらを組み上げて太鼓のような状態に整える。接着には伝統的な接着剤である「膠(にかわ)」が用いられるなど、木材本来の響きを活かすための工夫が随所に施されている。

ネックはボディに溝を彫り、ネックを上部に差し込む「ダブテイルジョイント」と、ネックがボディ内部まで⼀つの⻑い⽊で繋がっている「⼀本棹タイプ」をモデルによって作り分けている。フレットと呼ばれる棒状の金属パーツを打ち込み、おおよその形が整うと、塗装に向けた表板の磨き作業へと移る。木材には無数の道管が存在するため、それらを美しく丁寧に埋めることが重要になる。通常のモデルでは、ポリウレタンを塗布しては削る作業を何度も繰り返し、最後にカシュー(塗料の一種)の薄い塗膜を塗りあげる。塗装の厚みを調整するために手間と時間を惜しまず仕上げることで、高い品質を実現している。

さらに高級機種では、裏横板にはポリウレタンの下地を使わずカシューだけをつかって塗り上げる、より⼿間と時間を要する塗装を採⽤し、また表板の塗装には「フレンチ・ポリッシュ(タンポ塗り)」と呼ばれる伝統的な塗装技法が採用される。これは表板に極めて薄い塗膜を何百回も重ねていく手法で、「木の生鳴り感」を残すことができる。目の細かい研磨紙で丁寧に整え、磨き上げ、バフ掛けを施すことで、表面が輝くような一本へと仕上げられていく。

動物由来のたんぱく質を水で煮出して得られる天然の接着剤。固まると硬くなり音の響きを邪魔しないことから、楽器製作にも用いられている。

ブレーシングの違いを弾き比べ

音の好みに正解はない

現在のクラシックギターの原型を築いたとされるアントニオ・デ・トーレス(1817–1892)は、表板内部に扇状に力木(ちからぎ)を配置する「ファン・ブレーシング」を採用した。この構造は多くの製作家に受け継がれ、河野ギター製作所においても河野、桜井、君島各氏はこれに倣っている。

しかし、目指す音づくりはそれぞれ異なる。そのため力木の本数や配置、形状には個性が表れ、まさに三者三様のブレーシングが生み出されてきた。

河野氏は1970年頃から、より複雑な構造を取り入れ、独自の音づくりを追求した。一方、桜井氏は専門家との共同研究による表板の振動解析を進め、豊かな音量と優れた音のバランスを両立するブレーシングへと発展させた。

そして現在、君島氏は「人によって理想とする音は異なり、音の好みに正解はない」という考えのもと、『モダンタイプ』と『クラシックタイプ』という、それぞれ異なる個性を持つブレーシングを考案し、演奏者の多様なニーズに応えている。

解説後、河野ギター、桜井ギター、君島ギターの完成品3台を用いた試奏が行われた。大西講師と在学生が短く演奏し、音色や響きの違いを比較。ブレーシングの違いが実際の音にどのように反映されるのかを体感できる貴重な機会となった。

音色を左右する木材選び

クラシックギターの表板には軽い針葉樹のもの、横・裏板には重い広葉樹のものが使われることが一般的である。特に表板には、スプルースまたはレッドシダーが用いられることが多い。国内ではそれぞれ「松材」「杉材」と称されるが、一般的にイメージされる日本の松や杉とは異なる樹種である。部位ごとに異なる木材を組み合わせ、さらに音色の好みに応じて素材を選択できることは、クラシックギターならではの魅力の一つかもしれない。表板や横・裏板に使用される代表的な木材について、それぞれの特徴や音への影響が紹介された。

表板の材料の選定

表板に使用される木材には「硬くて軽いもの」が求められる。弦の張力に耐えられるだけの強さを備えていなければならないためだ。

講義では、ギター用にカットされた木材を実際に手でしならせながら、その強度を確かめる様子が紹介された。クラシックギターは6本の弦を張ることで合計約40kgもの張力がかかる。製作過程ではさまざまな補強が施されるものの、その前提として十分な強度を持つ木材を選定することが不可欠であるという。

また、同じサイズでありながら重量の異なる3枚のスプルース材をもとに、ノックするように叩いた際の響きの違いや、手で曲げたときのしなやかさの違いを確認。さらに、まだ未加工状態のスプルース(松材)とレッドシダー(杉材)を叩き、その音の違いも比較した。それぞれが異なる響きを持ち、素材選びがギターの音づくりに深く関わることが体感できた。

横・裏板の「エネルギー減衰」

木材の「エネルギー減衰」についても解説された。一般的に、エネルギー減衰が大きい木材は音が早く消え、逆に減衰が小さい木材は音が長く伸びる傾向があるという。

例えば、フラメンコギターでよく使用されるシープレスやメープルは、エネルギー減衰が比較的大きい木材として知られている。そのため音の立ち上がりが速く、かき鳴らした際のリズムが明瞭で、残響が残らない特徴を持つ。このように、音楽に求められる特性と使用される木材の選定傾向は密接な関係があることがうかがえる。

一方、クラシックギターでは音の伸びが求められることが多く、エネルギー減衰の少ない木材が選ばれる傾向にある。代表的なものはローズウッドやマダガスカルローズウッドである。同様の比重や音響特性を持つハカランダ(ブラジリアンローズウッド)は、かつて高級クラシックギターの材料として広く用いられていたが、現在はCITES(ワシントン条約)の規制対象となっているため、希少な木材となっている。

和材ブランドについて

君島氏の取り組みの一つに、「和材ブランド」のギター開発がある。これまでは欧米産の木材が主流とされてきたが、君島氏は日本の木材が持つ個性や可能性に着目、日本で育った木材を積極的に活用している。

国内各地の木材について調査と試作を重ねた結果、表板には「吉野杉」、横板・裏板には「ミズメ」を採用し、オーダー製作時の木材の選択肢として提案している。新たな音色や表現を探求するとともに、日本ならではのギターづくりに挑戦し続けている。

「力木の調整」を実演

表板の裏に張り付けた力木を鑿(ノミ)や鉋(カンナ)で削る実演

力木(ブレーシング)は配置だけでなく、それぞれの重量も重要な要素となる。わずかな重量の違いが高音域から低音域までのバランスに影響を与えるため、製作時には表板を軽く叩いて響きを確認しながら、少しずつ削っては調整を繰り返す。その繊細な工程を実際に見せていただいた。

木材は一本ごとに硬さや重さが異なるため、同じ設計寸法で製作しても同じ振動特性になるとは限らない。最終的には職人の手や指先で感じる感覚、そして耳で確かめる音を頼りに、目指す音へと仕上げていく。

また、表板の音響原理に関する知見を活かしながら、「高音と低音をどのようなバランスで響かせるのか」「音の立ち上がりの速さや、音の伸びをどの程度にするのか」「音の広がりをどのように表現するのか」といった要素を細かく設計していく。

オーダー製作では、演奏者が求める音について丁寧なヒアリングを行う。「音の好みに正解はない」という考えのもと、一人ひとりの音楽観や演奏スタイルと向き合いながら、その人だけの理想の一本を形にしていく。

まとめ

君島氏は現在も研究と挑戦を続けている。この数年、多くのギタリストとの交流を通じてさまざまな意見や価値観に触れてきたという。そうした経験をもとに、日本の伝統文化や音楽の要素をどのような形でギター製作に取り入れられるのかを考えることに、大きな楽しさと可能性を感じていると語った。

今回の特別講義では、普段目にすることのないギター製作の工程の一端に触れることができた。完成後には内部に隠れてしまう表板の力木構造を間近で見る機会に恵まれただけでなく、君島氏が音響設計を科学的な根拠に基づいて考察していることについても学ぶことができた。

さらに、個性の異なる3台のギターを実際に弾き比べる機会も設けられ、それぞれの音色や響きの違いを体感する貴重な経験となった。

今回の特別講義を通して、学生たちはギター製作や音づくりに対する理解を深めるとともに、楽器との向き合い方について改めて考える良い契機となった。

Text / 大西洋二朗(大阪音楽大学講師)

君島 聡(So Kimishima)
祖父・河野賢に憧れ河野ギター製作所に入社。桜井正毅の下でギター製作に励む。河野賢の「考えた事は全て試した。」という言葉を拠り所に、自身でも思いつく限りの実験、試作を繰り返し、ギターの音作りを理解する。その後自身で製作した楽器が桜井に認められ、2021年、ギター製作家としてスタートを切る。河野賢と桜井正毅の研究と経験を受け継ぎ、ギターの品質を永続させるだけでなく新しい技術への挑戦、モデルの開発にも取り組んでいる。