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心を癒やす音楽の力、1/fゆらぎのひみつ⑥


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さまざまな視点

コロナ禍でさまざまな日常行動が抑制される中、音楽に癒やしを求めた方も多いのではないでしょうか。近年、心身にリラックス効果をもたらし、音楽とも関係が深いとされる「1/fゆらぎ」に注目が集まっています。なぜ、1/fゆらぎが人々の心に心地よく響くのか。「ゆらぎ」研究の第一人者で大阪音楽大学大学院客員教授の佐治晴夫さんにお聞きしました。(全6回連載)

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第5回「これからの音楽」

【第6回】(最終回)
佐治先生からのメッセージ

チャンスがあれば食わず嫌いせずに取りあえず聴いてみる

――最後の質問です。先生が演奏する、もしくは聴く上で心地よく感じる楽曲を挙げるとすれば何でしょうか

佐治:それはたくさんありますし、聴く状況にもよりますから一概には言えないのですが、フォーレのRequiemの終曲In paradisum(楽園にて)は非常に好きですし、ブラームスのピアノ作品Intermezzo(間奏曲)Op.117もいいですね。ショパンも大好きですが、彼は一般的に甘く切ないイメージを持たれていることが少し残念です。ショパンの育った環境やポーランドでの戦争など、そうした背景をよく理解した上でショパンを聴くと、いかに男性的な作曲家であるか、といった気づきもあります。弾くのは大変ですが、あの大胆で繊細な音運びはすごいですね。

テクニックだけが優れている演奏を聴いても、「すごいな」とは思うけれど、後に何も残らないということがしばしばあります。基本を押さえるためにテクニックの訓練はもちろん必要ですが、最終的には演奏者の全人間的な側面がそのまま出てきます。自分では意識していなくても、聴いている人たちには隠せないんですね。そこが芸術の特殊性でもあるし、怖いところでもあります。

ボイジャーに搭載された「ゴールデンレコード」の表面(写真中央)

もちろんバッハも大好きです。アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙探査機、ボイジャー*に、地球文明のタイムカプセルとして搭載を提案したくらいですから。人間の機微を描ききったという点ではリヒアルト・シュトラウスやシューベルトの歌曲も大好きですね。彼らの歌曲はほとんど目を通しています。

*)ボイジャーとは、1977年にNASAによって打ち上げられた宇宙探査機。ボイジャーには地球の文明や自然の存在を伝える音や画像を収録した「ゴールデンレコード」が搭載されており、このレコードに佐治先生の発案でバッハの音楽が収録された。
シューベルトの場合は、本当の歌曲――ドイツ語の響きと、旋律それから和声、このあたりをじっくり多角的に味わうことによって奥深さが増してきます。

私自身が人生の最後に弾く、もしくは歌う一曲を選ぶとすれば、多分シューベルトのAn die Musik(楽に寄す)ですね。音楽への感謝です。

いろいろ挙げましたが、自分自身のそのときの気分であったり、誰とどこで聴くかであったり、天気・湿度・温度そういうところも含めて、音楽を聴く状況によってさまざまです。

そう考えると、自分自身にとって「こういうときにはこの曲」というのを探していくことも音楽の一つの楽しみ方でもあると言えるのかもしれません。

気をつけたいのは、いろいろなジャンルの音楽を聴かないうちに「ベートーヴェンが好きだ」とか、「モーツァルトは軽すぎるからやっぱりバッハだ」なんて決めつけないこと。それは作品への冒瀆(ぼうとく)ともとれますし、とても傲慢(ごうまん)なことで、悲しいですね。

私は天中軒雲月の浪花節も聴いたことがありますし、ジャズや邦楽、お能に至るまで、チャンスがあればいろいろなジャンルの音楽を聴いてきましたが、その上で、例えば、「僕はバッハが好きです」と言うのが、本当の音楽の聴き方ではないかと思っています。

全部のジャンルを積極的に聴く必要はないけれども、チャンスがあれば食わず嫌いせずに取りあえず聴いてみるということですね。

「音楽を学んだ自分に誇りを持って」

本学で行われた佐治先生特別講義の様子(2009年/大阪音楽大学)

佐治:大阪音大の大学院で私の授業を聞いていた卒業生が今でも思いがけなくコンタクトを取ってきてくれて、講演会などに来てくれることがあります。演奏家として、教育者として、活躍していることをたのもしく思っています。自身の演奏会のCDを送ってくれるので聴いてみると、曲の解釈も的確で、ほどよいゆらぎもあり、私が授業でお話ししてきたことが生かされていると感じ、うれしくなります。
プロの演奏家とアマチュアの音楽愛好家が同じ曲を弾いたとき、テクニックでは当然、プロにかないませんが、アマチュアが弾く音にはとても温かいものがあり、ほっとするという話を聞くことがあります。演奏には上手、下手を超えて、演奏者自身の人柄を浮かび上がらせる何かがあるからでしょう。

現代は、国内外を問わず、強権と分断と闘争の時代へと向かっているかのようです。その原因の一つには、全ては、一つの光から生まれたのであるから、独立存在ではなく、相互依存の存在であるという認識不足に加え、互いのコミュニケーションがとれていないことがあるように思います。そんな状況の中で、音楽を一つの入り口として宇宙を見る。それから人間を考える、教育を考えるということは、非常に大事なことだと思います。

言葉よりも早く音を獲得した人類にとって音楽は最も根源的で、なおかつ普遍的なコミュニケーションツールです。ここに音楽大学にしかできない教育の原点があるように感じています。

例えば、ただ、単にピアノを楽譜どおりに弾けるということだけではなく、テンポや転調、また相手の気持ちに合わせた即興演奏ができれば、本当の音楽療法の実践ができるわけです。音楽を専門的に学んだという音大生だからこそできることがたくさんありますね。音楽を学んだという自分に対して誇りを持ってほしいと思います。そして、人の役に立てる人生を歩めるという自信を持って、未来への夢に向かって歩んでいってほしいと思います。自分の人生を重ね合わせると、人間にとっての究極の幸せとは、人の役に立っているかどうかが決め手になると思うからです。「1/fゆらぎ」の話から、ずいぶん広範囲の話になってしまいました。

今回のお話を読んでいただいた方には、これまでと少し違う切り口で音楽の世界をとらえなおし、改めて演奏することの喜びと感謝、音楽をやったからこそ人の役に立てることもあることなどを感じ取っていただければうれしく思います。
取材・文/野田直樹(高速オフセット) 撮影/佐藤アキラ

佐治晴夫(Haruo Saji)
1935年東京生まれ。理学博士(理論物理学)。東京大学物性研究所、松下電器東京研究所を経て、玉川大学教授、県立宮城大学教授、鈴鹿短期大学学長などを歴任。現在、同短期大学名誉学長、大阪音楽大学大学院客員教授、北海道・美宙(MISORA)天文台台長。量子論的無からの宇宙創生に関わる「ゆらぎ」の理論研究の第一人者。現在は、宇宙研究の成果を平和教育へのひとつの架け橋と位置づけ、リベラルアーツ教育の実践に取り組んでいる。日本文藝家協会会員。主な著書に『ゆらぎの不思議な物語』(PHP研究所 1994)、『The Answers すべての答えは宇宙にある』(マガジンハウス 2013)、『14歳のための宇宙授業』(春秋社 2016)、『ヒトを作った宇宙・人間を育てた音楽~宇宙・人間・音楽の不思議な関係』(日本音楽療法学会学会No.21-2 2021 )、『マンガで読む14歳のための現代物理学と般若心経』(春秋社 2021)など。