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心を癒やす音楽の力、1/fゆらぎのひみつ⑤


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さまざまな視点

コロナ禍でさまざまな日常行動が抑制される中、音楽に癒やしを求めた方も多いのではないでしょうか。近年、心身にリラックス効果をもたらし、音楽とも関係が深いとされる「1/fゆらぎ」に注目が集まっています。なぜ、1/fゆらぎが人々の心に心地よく響くのか。「ゆらぎ」研究の第一人者で大阪音楽大学大学院客員教授の佐治晴夫さんにお聞きしました。(全6回連載)

<< 前回のお話
第4回「『1/fゆらぎ』と音楽の関係②」

【第5回】
これからの音楽

「聴覚」は人間にとって最も根源的な感覚

――先生ご自身も楽器の演奏をされるとお聞きしています。混迷の時代の音楽にはどのような視点が必要だと思いますか

佐治:音楽作品や本は、いったん作品になってしまうと、それを作った人から離れたところに存在します。ベートーヴェンもモーツァルトも、彼らの作品は時代を超えて受け継がれていても、彼ら自身はもうこの世にいませんからね。そういう意味で、現代の演奏家というのは、音楽の中に潜んでいる作曲家の魂や心やメッセージを聴いている人に伝える仲介役としての役割があると思います。つまり、作品をどのように解釈して伝えるか、そのためには謙虚さを忘れないでほしいと思います。

テクニックだけが優れている演奏を聴いても、「すごいな」とは思うけれど、後に何も残らないということがしばしばあります。基本を押さえるためにテクニックの訓練はもちろん必要ですが、最終的には演奏者の全人間的な側面がそのまま出てきます。自分では意識していなくても、聴いている人たちには隠せないんですね。そこが芸術の特殊性でもあるし、怖いところでもあります。

それからもう一つは、実際に本物の楽器に触れてみるということ。できれば電子楽器よりも本物の楽器に触れてみるということですね。

私が三重県の大学で学長を務めていたころ、近隣の小学生や学生たちを静岡県のコンサートホールに連れて行ってパイプオルガンに触らせたことがありました。パイプオルガンがない唯一の県だともいわれている三重県ですから、当然のことながら、実際の音色を聞いたことのある子どもたちはいませんでした。

その結果はすごかったですね。その中の一人の小学生は、家に帰ってから母親に「私の洋服、洗わないでね」と言ったそうです。母親が理由を聞くと、「オルガンの音符がたくさんついているから」と。百聞は一見にしかずと言うように、本物に触れ、音を聴くということは大きな教育効果があるということですね。
――そういう点では、大阪音大の楽器資料館が果たす役割も大きくなりますね

佐治:全くその通りです。私も楽器資料館を見学させていただいたときは、ワクワクしました。

音楽にはこれだけの楽器があって、歴史の中でこのように変遷してきている、という時間の巻物でもあるわけですからね。耳が不自由な人であっても、私の経験からお話ししたように骨伝導で聴こえる場合もあるし、調律師の話のように、マスクをしていると音がよく聞こえないというようなことがあることから考えても、音というのは全身的、全方位的に私たちの感覚器官に深く関わっているわけです。

(大阪音楽大学)

(大阪音楽大学)

母親の胎内における哺乳類の進化を見れば分かるように、聴覚が一番長い時間をかけて作られています。人間が亡くなるときにも、最後まで残っている感覚が聴覚だとも言われています。言葉を換えれば、人間が持つ感覚の中で、最も根源的な感覚は、聴覚だということですね。それは、人類の進化の過程で、私たちの祖先が、大型動物である恐竜と共棲(きょうせい)していたころ、恐竜が寝静まって活動を中止する夜間に乗じて、暗闇の中で、聴覚を発達させながら脳を育んできたという進化の結果だともいえます。音楽の演奏家のみならず音楽教育に携わる多くの方々には、改めてこのような知見からの音楽の特殊性、すごさについても知っておいていただきたいなと思います。

本学で行われた佐治先生特別講義の様子(2009年/大阪音楽大学)

私自身は音楽の専門家ではありませんが、音楽愛好家としては、誰にも負けないくらい音楽が好きな人間です。どの専門分野でも、その中に浸ってしまうと、客観的な評価ができなくなる場合があります。だからこそ、他分野の私がこういうことをお話しさせていただくことによってこれからの音楽家が育つ一助になればいいかなと思っています。私ごとでいえば、2007年に大阪音大大学院での講義の依頼をうけて、その後、客員教授職を拝命することになったことは、専門分野である物理学以外の音楽大学で教鞭(きょうべん)を執ることになったという意味で、私の人生での大きなエポックになっています。
取材・文/野田直樹(高速オフセット) 撮影/佐藤アキラ

佐治晴夫(Haruo Saji)
1935年東京生まれ。理学博士(理論物理学)。東京大学物性研究所、松下電器東京研究所を経て、玉川大学教授、県立宮城大学教授、鈴鹿短期大学学長などを歴任。現在、同短期大学名誉学長、大阪音楽大学大学院客員教授、北海道・美宙(MISORA)天文台台長。量子論的無からの宇宙創生に関わる「ゆらぎ」の理論研究の第一人者。現在は、宇宙研究の成果を平和教育へのひとつの架け橋と位置づけ、リベラルアーツ教育の実践に取り組んでいる。日本文藝家協会会員。主な著書に『ゆらぎの不思議な物語』(PHP研究所 1994)、『The Answers すべての答えは宇宙にある』(マガジンハウス 2013)、『14歳のための宇宙授業』(春秋社 2016)、『ヒトを作った宇宙・人間を育てた音楽~宇宙・人間・音楽の不思議な関係』(日本音楽療法学会学会No.21-2 2021 )、『マンガで読む14歳のための現代物理学と般若心経』(春秋社 2021)など。