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大阪音楽大学について

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1996年~2005年



1996年(平成8年)

大阪音楽大学の歴史

1月28日 コンサート・オペラ・シリーズII グルック《オルフェオとエウリディーチェ》
前年2月の公演予定が阪神・淡路大震災のため中止、1年ぶりの復活公演となった。牧村邦彦指揮、花田英夫演出によるウィーン版字幕付きイタリア語上演であった

1月29日 学長選挙 永井譲を三選
第1期は4年、再選の場合は2年の任期とする新たな学長選挙規定により、平成9年度までの任期

2月24日 第27回吹奏楽演奏会(アルカイックホール)
前年度は阪神・淡路大震災のため中止となり、2年ぶりの開催。山口福男教員の新作《クラリネット協奏曲“領域”》(委嘱作品)などを演奏した

《クラリネット協奏曲“領域”》クラリネット:本田耕一教員

3月3日「なみはや国体 式典音楽試奏会」に協力
大阪府初の単独開催となる翌1997年の第52回国民体育大会の開・閉会式での式典音楽を試奏発表する催しがオペラハウスで開かれ、辻井清幸・小野川昭博両教員の指揮で本学吹奏楽団及び豊中混声合唱団が演奏を行った。鈴木英明教員の《なみはや国体讃歌》をはじめ、中澤道子教員、大学院生酒井格(現・教員)によるファンファーレなどを含む全14曲が披露された。翌年10月25日から6日間にわたり行われた本大会でそれらが演奏され、田中勉教員が開会式の国歌独唱を務めた

3月5日 西岡信雄を新理事長に選任
田中喜一理事長が任期満了につき退任、新理事長に西岡信雄副理事長の就任が決定した

3月17日 第1回新人演奏会
従来の卒業演奏会をカリキュラム改編により選考方法を一新、「新人演奏会」として開催することになった。出演者は卒業試験で優秀な成績を修めた学生の中からオーディションで決定した

3月20日 名曲コンサート
地元市民にクラシック音楽を楽しんでもらおうと、本学と豊中市教育委員会がコンサートを共催。飯森範親指揮のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団演奏、声優の田中真弓が司会を行った。本学の文化振興活動の一つ

名曲コンサート(1996年3月20日)

田中真弓先生?のクラシック教室(1998年3月28日)

4月1日 第5代理事長に西岡信雄就任
樋本栄、桂直久、土橋康宏、枡上八重子、榎本利彦に名誉教授の称号
付属音楽学園園長に小林峡介就任

4月19~21日 プッチーニ・オペラ・シリーズII「三部作」
シリーズ第2弾として《外套》《修道女アンジェリカ》《ジャンニ・スキッキ》の三部作を一挙上演。日本で三部作が一挙に上演される機会は少なく、関西では関西二期会の公演以来13年ぶりのことであった。飯森範親指揮、演出は1994年に第6回選抜学生オペラを手がけた中村敬一(現・客員教授)。ダブル・キャストによる3日公演、字幕付き原語上演

《外套》

《修道女アンジェリカ》

《ジャンニ・スキッキ》

5月1日『大阪音楽大学八〇年史 楽のまなびや』刊行
創立80周年記念事業の一環で、先の70年史に10年分を追補しての刊行であった

5月23日 自己点検・評価委員会発足

7月10日 楽器博物館第1回ミュージアム・セミナー
楽器博物館がミュージアム・セミナーを開始。楽器に関する最新の研究を分かりやすい解説で楽しんでいただこうというもので、初年度は「ピアノの歴史と作曲家たち(1)~ピアノの歴史~」を皮切りに6回開催した

第1回
ピアノの歴史と作曲家たち(1)

第4回
生活の中の音と楽器

7月21日 ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団第1回定期演奏会

フロートー《マルタ》抜粋(桂小米朝(現・桂米團治)がナレーターとして出演)

9月19、20日 第8回選抜学生オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》

10月 豊中コミュニティーケーブルテレビで本学オペラや演奏会の放映開始
10月15日に開局した豊中コミュニティーケーブルテレビが自主制作番組として、ザ・カレッジ・オペラハウスの公演を順次取り上げていくことを決定。本学の音楽活動を周知し、地域に密着した大学をアピールするものとなった。最初の収録は第8回選抜学生オペラであった

10月9日 楽器博物館第43回レクチャー・コンサート「閑雅な響き オリジナル・サックスの調べ」(ザ・フェニックスホール)
楽器博物館がザ・フェニックスホール公募のホール提供コンサートに応募、集まった40企画の中から選ばれ、レクチャー・コンサートを初めて学外で開催した

アドルフ・サックスがサクソフォーンを考案、製作してから150年になるのを記念した企画で、館所蔵の貴重なオリジナル・サックス4点を使用し、演奏を交えながら楽器の変遷を紹介。200名の聴衆がつめかけた
10月26、27日 日本オペラ・シリーズⅣ 三木稔《よみがえる》
シリーズ第4弾は三木稔作曲の草野心平の詩によるフォーク・オペラ《よみがえる》。1992年東京での初演はミュージカル・オペラとしてシンセサイザー版で上演、関西初演となる今回新たにオーケストラ版が作曲され、その初演でもあった。7人の主役全員をザ・カレッジ・オペラハウス合唱団員でキャスティング、その実力を披露した。飯森範親指揮、秋浜悟史演出

10月30日~11月29日 平成8年度演奏月間
当年度より「演奏週間」を「演奏月間」と改め開催

11月1~3日 大学祭「Harmony」
本学出身者を中心に結成、日本唯一のニューオリンズ・スタイルのブラス・バンドとして活躍のBLACK BOTTOM BRASS BAND、同じく本学卒業後、世界的な活躍をするメゾ・ソプラノの片桐仁美らを招いた

BLACK BOTTOM BRASS BAND

片桐仁美の歌とトークショー

11月16日~12月1日「モーツァルトの世界展」に協賛(ジュピターホール)
兵庫県朝来郡和田山町(現・朝来市)が町合併40周年を記念し開催した「モーツァルトの世界展」(中村孝義教員企画・監修)に本学が協賛。楽器博物館所蔵の和洋古楽器28点、ザ・カレッジ・オペラハウスのモーツァルト・オペラ・シリーズに使用した衣裳18点を出展、在学生と卒業生たち15名が連日交代で、チェンバロなどの古楽器を演奏しながら解説を行った

12月13日 全国大学資料協議会西日本部会研究会開催
20大学から31名が出席し、K号館会議室にて開かれ、橋口武仁教員が本学年史編集の概要説明などを行った。一行は楽器博物館を見学、創立者永井幸次ゆかりの永井文庫の一部展示を閲覧

12月14、16日 第30回合唱演奏会
当年度より大学と短大を分けて開催。14日は大学、16日は短大演奏会
平成8年度 特別講義・演奏月間
特別講義

橋口武仁(5月1、2日校史)

入佐真祐(5月9日、‘97年1月9日打楽器)

ネイ・ロサウロ(6月3日マリンバ)

トーマス・ロバーテロ(6月11日フルート)

黒崎勇(6月25日声楽(独語発音))

近藤圭(6月26日、12月4日作曲)

クリスティアン・ダヴィッドソン(6月27日ファゴット)

パスカル・モラゲス(7月3日クラリネット)

クラウス・カウフマン(7月11、12日ピアノ)

マウロ・デ・パオリス(7月16日声楽(オペラ唱法))

竹内明彦(9月6日管打楽器(構造と修理法))

ヴィットーリオ・テッラノーヴァ(9月25日声楽)

財津進(9月26日ヴィオラ)

ロバート・エイトケン(10月1日フルート)

辻井清幸(10月3、17、24、31日指揮)

ライナー・ホフマン(10月8、9日ピアノ)

クラウス・オカー(10月21日~全3回声楽)

斎藤雅広/篠崎友美(11月19日ピアノ)

クロード・ドゥラングル(12月10日サクソフォーン)

山本雅章(12月18日作曲(トロンボーン))

当年度は、この他に以下の特別講義・公開レッスンを開催。
  • 5月23日:リー・ハワード・スティーヴンス(マリンバ)
  • 6月17日:レックス・マーティン(テューバ)
  • 9月27日:ヤコブ・リンドベルイ(楽理)
  • 10月8日:平野忠彦(声楽)
  • 10月14日:高橋浩子(声楽)
  • 10月31日、11月2日:アルヌルフ・フォン・アルニム(ピアノ)
  • ‘97年2月17日:シルヴィー・ユー(クラリネット)
以下の演奏会も特別講義として開催。(別途演奏月間中にもあり)

デュオ・ハヤシ リサイタル(4月23日)

マルティン・ファン・デン・フックピアノ演奏会(5月14日)

砂崎知子 箏コンサート(6月27日)

’96日露交歓コンサートセルゲイ・ドレンスキー レクチャー・リサイタル(10月3日)

演奏月間

総合パンフレット

楽器博物館第39回レクチャー・コンサート(10月30日)

大阪音楽大学管弦楽団演奏会(10月31日)

アルヌルフ・フォン・アルニム ピアノ特別講義(リサイタル)(11月1日)

室内楽研究発表会(11月6日)

日本の歌クラス発表会(11月6日)

ピアノアンサンブル発表会(11月7日)

第3回ジュニア・カレッジ・
アンサンブルコンサート(11月8日)

ダニエル・ドワイヨ
トランペット&コルネット
リサイタル(11月9日)

クラウス・オカー
バリトン・リサイタル(11月11日)

歌曲研究発表会(11月12日)

第11回ピアノ・グランド・
コンサート(11月15日)

大学4年合唱B受講生による合唱発表会(11月16日)

短期大学部
第5回定期演奏会(11月18日)

第19回邦楽演奏会(11月19日)

第10回新作展(11月20日)

リートクラス発表会(11月20日)

第39回定期演奏会(11月22日)

短期大学部管弦楽団演奏会(11月25日)

作曲専攻生による討論会(11月26日)

邦楽合奏発表会(11月26日)

青柳いづみこピアノ
レクチャーコンサート(11月26日)

シンフォニッククラス発表会(11月27日)

大学専攻科オペラ試演会
「ドン・ジョヴァンニ」(11月29日)

(左)第11回ピアノ・グランド・コンサート、
(中)短期大学部第5回定期演奏会、(右)第19回邦楽演奏会

(左)第10回新作展、(中)第39回定期演奏会、
(右)短期大学部管弦楽団演奏会

1996年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演
年表に掲出のコンサート・オペラ・シリーズII グルック《オルフェオとエウリディーチェ》、プッチーニ・オペラ・シリーズII「三部作」、ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団第1回定期演奏会、日本オペラ・シリーズIV 三木稔《よみがえる》以外の公演は以下の通り。
5月10日 インテグレーティッド・ウインズ スプリング・コンサート

指揮は本学初登場の今村能。吹奏楽コンクール課題曲も演奏とあって、中・高校生を中心に超満員の盛況であった。

5月18日 The 5th HANK JONES’ PIANO WORKSHOP with Winds Jazz Orchestra O.C.M.

この公演のライブ録音は、レコード会社とのタイアップによりアメリカでCD化された。ハンク・ジョーンズ・ピアノトリオ演奏の第一部から6曲、本学のウインズ・ジャズ・オーケストラ(指揮:田中克彦教員)と共演した第二部から《How High the Moon》など5曲の計11曲が収録。

CD

5月20、21日 パウル・バドゥラ=スコダ ピアノ・レクチャー&リサイタル

20日はヴァルター社製(レプリカ)、楽器博物館所蔵のシュヴァイクホーファー社製とブロードウッド社製の3台の古典ピアノを用いたレクチャー。21日はその中からヴァルター社製とシュバイクホーファー社製の2台のピアノによるリサイタルであった。

ピアノ・レクチャー

リサイタル

レクチャーの最後に受講者が取り囲む中、『トルコ行進曲』など2曲を弾くスコダ
6月7日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第15回定期演奏会
ソリスト7人による《ドン・ジョヴァンニ》ハイライト。オペラハウス管弦楽団の定期演奏会でオペラのハイライトを取り上げるのはこれが初回であった。

10月4日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第16回定期演奏会
指揮者に沼尻竜典。武満徹《弦楽のためのレクイエム》は同年2月に亡くなった武満への追悼演奏となった。

関西音楽の歴史

1月11~15日 新神戸オリエンタル劇場 NEW YEAR OPERA グノー《ロメオとジュリエット》関西初演(新神戸オリエンタル劇場)
松岡究指揮、松尾洋演出、新神戸オリエンタル劇場管弦楽団、東京オペラ・インスティテュート
1月21日 阪神・淡路大震災鎮魂 交響組曲《合唱とオーケストラための「祈り/1.17」》演奏会(神戸文化ホール大ホール)
読売新聞大阪本社が募集した被災地の小学生による「震災体験の詩」の入賞作品5編をもとに、関西の作曲家(野田燎、中村滋延、大前哲、矢野正文)が合作。田中良和指揮大阪センチュリー交響楽団、柏原市少年少女合唱団による当初演に被災者が招待された

平成8年3月1日 関西音楽新聞より

演奏会収録によるCD

2月17、18日 関西歌劇団名作・創作オペラシリーズ 山口福男《ベルリンの月》初演(メイシアター大ホール)
小松一彦指揮、高谷昌男演出、大阪シンフォニカー、関西歌劇団合唱部ほか
大阪出身の作曲家・指揮者にして28歳で早世した貴志康一の生涯を描いた創作オペラで、本学教員であった山口福男が作曲

関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より

2月17、18日 ヒューストン・グランド・オペラ 関西初公演(フェスティバルホール)
ガーシュウィンの代表作であるオペラ《ポーギーとベス》を上演。黒人歌手を中心に、ジョン・ドゥメイン指揮、ホープ・クラーク演出、本学のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団が出演
2月20日 武満徹 没
同月2日には柴田南雄も死去。戦後日本を代表する現代作曲家が相次ぎ世を去った

4月 文化庁が芸術団体などへの支援制度「芸術創造推進事業(アーツプラン21)」創設
この後支援制度は再編などにより多々変遷し、2016年度からは文化芸術振興費補助金(舞台芸術創造活動活性化事業)が開始されている

4月10~24日 第38回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ソリストにユリアナ・マルコワ(Pf)を迎えた飯守泰次郎指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団公演で開幕。フランス国立管弦楽団が来演したほか、佐渡裕指揮によるバーンスタインの《キャンディード》(関西初演、演奏会形式)が、オペレッタならではの娯楽色ある公演で話題となった
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

ユリアナ・マルコワ(Pf)

フランス国立管弦楽団

4月28日 グリーン・コンサーツvol.6 藤家溪子 モノローグオペラ 《蠟の女》初演(京都コンサートホール小ホール)
地球環境をテーマとした現代作曲家への委嘱、協賛企業を募った低料金コンサート開催するなど、1991年より活動を続けてきた京都の音楽企画グループ「22世紀クラブ」の主催。当委嘱作により藤家は、現代音楽の分野での功績に対して贈られる中島健蔵音楽賞優秀賞を受賞

平成8年6月1日 関西音楽新聞より

5月16日公演を収録したDVD

5月16~18日 朝比奈隆 シカゴ交響楽団初客演(シカゴ・オーケストラホール)
朝比奈が87歳にして米国名門オーケストラに招かれ、没後100年にあたったブルックナーの《交響曲第5番》を指揮。聴衆の称賛などを得て10月に再客演を果たした
7月5、7日 第4回河内長野マイタウンオペラ ヴェルディ《マクベス》関西初演(ラブリーホール大ホール)
ヤーコヴ・ベルグマン指揮、宮﨑真子演出、大阪シンフォニカー、市民オペラ合唱団

平成8年9月1日 関西音楽新聞より

9月 神戸新聞松方ホール 開館
室内楽規模のコンサート専用ホール(706席)。翌年に顕著な活動を行った新進音楽家を顕彰する松方ホール音楽賞を創設(神戸新聞社と神戸新聞文化財団が主催)

9月8日 京都市交響楽団第387回定期演奏会(京都コンサートホール大ホール)
創立40周年を迎えた同団が、井上道義指揮によりコルンゴルトのオペラ《死の都》の本邦初演(演奏会形式)を行った。また、周年事業の一環として、井上率いる同団は翌年5月に欧州ツアーを挙行した

10月1日~11月30日 平成8年度(第51回)文化庁芸術祭
当年度より文化庁芸術祭に関西公演(全34公演)が初参加(音楽、演芸〈現・大衆芸能〉、演劇、舞踊の4部門)。審査により、音楽部門でチェンバロ奏者の中野振一郎(当時本学教員)が関西楽壇から初の新人賞を受賞(10月7日のリサイタルの成果による)

1997年(平成9年)

大阪音楽大学の歴史

1月13日 短期大学部吹奏楽団演奏会
短大1・2年生100人、助手11人、大学7人に客演2人を加えた120人の大編成による演奏会となった。大学専攻科カリキュラムに新設した「指揮」の受講第1号学生が大栗裕《大阪俗謡による幻想曲》のタクトを振った

ライヘ《トロンボーン協奏曲第2番》では呉信一教員と共演

2月23日 コンサート・オペラ・シリーズIII シューベルト《家庭戦争─女たちの謀反》
シューベルト生誕200年を記念して、海外でも初演以来全曲演奏の記録が見当たらないという1幕のジングシュピール《家庭戦争》の本邦初の原語オリジナル版全曲演奏を行った。台詞はカット、ナレーションでつないでの上演で、オペラハウスは満席となった

ともに本学出身で、シューベルト歌曲全曲演奏を手がける畑儀文(Ten)、ドイツから帰国の韓錦玉(Sop)がオペラハウス初登場

指揮者飯森範親の提案によりCD化が決定。国際的ディレクター制作により8月に収録、ドイツに次いで世界で2つ目の全曲版が完成した
(CD収録)

2月23日 第28回吹奏楽演奏会(アルカイックホール)
5年ぶりの指揮となるロジェ・ブートリー客員教授作曲の《テトラーデ》で開演

4月1日 大学専攻科に「指揮」「演出」を開設
大学専攻科作曲専攻に「指揮」、声楽専攻に「演出」を開設、定員は若干名。「指揮」のカリキュラムは前年度に既設、公募は当年度入学生より行った

指揮理論の授業

演出実習の授業

4月1日 付属音楽幼稚園開設30周年

大阪音楽大学付属音楽幼稚園30周年記念誌
『歌って 奏でて 走って 跳んで30年』
開設30周年を記念して12月1日刊行
4月1日 近藤圭、鎌谷静男、油井成行に名誉教授の称号

4月26~29日 プッチーニ・オペラ・シリーズIII《トスカ》
シリーズ最終回を《トスカ》で締めくくった。海外でも高い評価を得ている気鋭の指揮者、広上淳一の国内オペラ・デビューが話題となり、首都圏はじめ各地から評論家、ジャーナリスト、ファンが大勢つめかけ、連日満員であった。演出は栗山昌良

5月10~11日 第1回教員採用試験対策合宿勉強会開催(YMCA六甲研修センター)
教員志望者を対象に、採用試験対策として初の合宿勉強会を開催した。大学4年生4名、短大2年生8名の計12名が参加

5月25日 『’97吹奏楽コンクール課題曲』講習会

関西の中学、高校教諭4名を講師に招き(うち3名は本学卒)、当年度吹奏楽コンクールの課題曲を本学吹奏楽団が演奏、参加した中学、高校生に指導を行った
5月27日 『教職員学内報』発行
教職員からの本学全般に関する情報の共有を求める声に応えて、『四季楽報』以来の学内報を発行することになった。平成11年度より『大音あれこれ』と改題

6月20日 創設30周年 楽器博物館第45回レクチャー・コンサート「18世紀・イギリス鍵盤音楽の夕べ」(ザ・フェニックスホール)
楽器博物館が創設30周年を記念して、同館所蔵の18世紀初めの鍵盤楽器3台によるコンサートを開催、日本を代表するチェンバロ奏者中野振一郎が演奏と解説を行った。同じく創設30周年記念として、10月にも同会場にて第46回レクチャー・コンサート「日本の調べ」を開催(大阪文化祭参加)

第45回「18世紀・イギリス鍵盤音楽の夕べ」(6月20日)

第46回「日本の調べ」(10月3日)

9月18、19日 第9回選抜学生オペラ《フィガロの結婚》

10月4日~11月17日 平成9年度演奏月間

10月7日 緊急アドミッション委員会発足
将来に向けて本学が抱える諸問題に全学をあげて取り組もうと、理事長・学長提案による諮問委員会を設置。教授会・理事会・事務局の3つのワーキング・チームを編成し、討議を重ねていくことになった

10月31日~11月2日 大学祭「新装開店」

11月27、29日 日本オペラ・シリーズV 黛敏郎追悼公演《金閣寺》
シリーズ最終回は、三島由紀夫の同名小説をオペラ化したベルリン・ドイツ・オペラの委嘱作品《金閣寺》。4月に急逝した作曲者黛敏郎の追悼公演となった。国内では1991年の本邦初演(東京)以来の再演で、関西初演。指揮は初演時と同じ岩城宏之、演出は栗山昌良で、初の日本人演出による上演であった。数々の話題を集めた本公演は翌年4月にNHK衛星テレビやFMラジオで放送され、オペラハウスが全国的な評価を得ることとなった。ABC国際音楽賞をはじめこの年の三冠に輝き、2年後には東京、滋賀へも引越し公演を行なった

チラシ

12月23日 オペラハウス 第九 特別演奏会
オペラハウスの《第九》を新たな定番にしようと企画。ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、同合唱団にいずれも選抜学生が加わり演奏を行った。オペラハウスでの《第九》演奏は開館以来これが初めて。飯森範親指揮、コンサート・マスターに関西フィルの日比浩一を招聘。ポーランドの親子ピアニスト、バルバラ・ヘッセ・ブコフスカとマチュイ・ピオトロフスキがJ.S.バッハ《2台のチェンバロのための協奏曲》を演奏

12月25日 学長選挙 西岡信雄を選出
平成9年度 特別講義・演奏月間
特別講義

フランソワーズ・ランジュレ(4月30日楽理)

アレッサンドロ・カルボナーレ(4月30日クラリネット)

ダグ・アシャツ(5月8日ピアノ)

ナンドール・セデルケニ(5月21日ヴァイオリン)

パトリック・シェリダン(6月16日テューバ)

シャロン・ファン(6月19日打楽器)

コッラディーナ・カポレッロ(6月24日声楽(伊語発語法))

佐藤紀雄(6月25日ギター)

緒方規矩子(6月30日声楽(舞台衣裳))

財津進(7月3日ヴィオラ)

クラウス・カウフマン(7月11、12日ピアノ)

ガブリエッラ・トゥッチ(9月29日声楽)

ピエール・イヴ・アルトー(10月1日作曲)

アンジェイ・ピクル(9月29日~10月9日ピアノ)

平野昭(10月23日楽理)

平野忠彦(10月28日声楽)

アマラ・ブルックス(11月10、11日ピアノ/合唱)

青島広志(11月18日声楽)

三善晃(11月27日作曲)

斎藤雅広/萩原貴子(12月3日ピアノ)

松本美和子(12月5日声楽)

バルバラ・ヘッセ・ブコフスカ(12月10日ピアノ)

当年度は、この他に以下の特別講義・公開レッスンを開催。
  • 7月9日:マウロ・デ・パオリス(声楽(オペラ唱法))
  • 10月14日:インゴマー・ライナー(声楽)
  • 10月18日、11月29日:青柳いづみこ(ピアノ)
  • 11月18日:ヤン・v・d・ロースト(吹奏楽)
  • 11月26日:ライン・ピアノ・トリオ(ピアノ)
以下の演奏会も特別講義として開催。

(左)デュオ・ハヤシ コンサート(5月27日)、(中)モラゲス木管五重奏団 特別講義&ミニコンサート(7月1日)、(右)’97日露交歓コンサート アレック・ポリャンスキー レクチャー・リサイタル(9月22日)

演奏月間

総合パンフレット

ルイジ・カルティア
ピアノ・リサイタル(10月4日)

短期大学部管弦楽団
演奏会(10月7日)

大阪音楽大学管弦楽団
演奏会(10月9日)

ピアノ演奏法II選抜発表会(10月14日)

第4回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(10月17日)

第4回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート(10月25日)

作曲作品発表会(10月27日)

第12回ピアノ・
グランド・コンサート(11月4日)

第11回新作展(11月5日)

ピアノ・アンサンブル発表(11月6日)

第20回邦楽演奏会(11月7日)

大学4年合唱B受講生
による合唱発表会(11月8日)

室内楽(弦楽器)
研究発表会(11月10日)

歌曲研究発表会(11月11日)

日本の歌クラス発表会(11月12日)

短期大学部
第6回定期演奏会(11月13日)

第40回定期演奏会(11月17日)

ルイジ・カルティア
ピアノ・リサイタル

短期大学部管弦楽団演奏会

大阪音楽大学管弦楽団演奏会

第4回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第20回邦楽演奏会

短期大学部第6回定期演奏会

1997年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演
年表に掲出のコンサート・オペラ・シリーズIII シューベルト《家庭戦争─女たちの謀反》、プッチーニ・オペラ・シリーズIII《トスカ》、日本オペラ・シリーズⅤ 黛敏郎追悼公演《金閣寺》、オペラハウス 第九 特別演奏会以外は以下の通り。
2月6日 インテグレーティッド・ウインズ ウインズ・スペシャル・コンサート

5月16日 The 6th HANK JONES’ PIANO WORKSHOP with Orchestra

6月13日 第3回インテグレーティッド・ウインズ定期演奏会

6月25日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第17回定期演奏会
メゾ・ソプラノの重松みか(現・客員教授)を招いてロッシーニ《シンデレラ》のハイライトを演奏会形式で上演

10月16日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第18回定期演奏会

関西音楽の歴史

2月27日 大阪シンフォニカー「シューベルト交響曲全曲演奏シリーズ」開始(いずみホール)
シューベルト生誕200年記念として、本名徹次の指揮で翌年の4月にかけて開催(全5回)。手稿譜の参照や、古楽器奏法を援用した時代考証的演奏が注目を浴びた

3月23日 長岡京室内アンサンブル 初公演(光明寺 御影堂)
森悠子(Vn)主宰により日本と欧州の若手弦楽奏者13名で結成
4月1日 京都市立音楽高等学校(現・京都市立京都堀川音楽高等学校) 開校
同市立堀川高等学校の音楽科が独立、国内唯一の音楽科単独の公立高校となった

4月4~30日 第39回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団公演で開幕。当フェスティバル初登場となった若杉弘が指揮に立った。同じく初登場の田部京子(Pf)のリサイタルや、二村英仁(Vn)大阪センチュリー響による没後60周年を記念した貴志康一の《ヴァイオリン協奏曲》演奏、宮内庁式部職楽部の30年振りの出演など、日本勢の活躍が注目された
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

若杉弘指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

宮内庁式部職楽部

4月26日 楽団創立50周年記念 大阪フィルハーモニー交響楽団第307回定期演奏会(フェスティバルホール)

前身の関西交響楽団が朝日会館で第1回演奏会(1947年4月26日)を開催して半世紀。当記念定演には、ヴァイオリンの中島慎子、外山雄三と朝比奈隆の両指揮者が出演した(同様の内容を民音主催により29日に同ホールで開催)。同団は当年度をアニヴァーサリー・シーズンとし、大阪・東京で全22回の記念公演をはじめ、記念CD製作などを行った
5月10、11日 関西二期会第46回オペラ公演 ヴァーグナー《ヴァルキューレ》邦人による関西初演(アルカイックホール)
現田茂夫指揮、西澤敬一演出、大阪フィルハーモニー交響楽団
同会による《ニーベルングの指環》の第2作(1995年に《ラインの黄金》を上演)。大阪フィル創立50周年記念提携公演であった

関西二期会提供『関西二期会創立50年記念誌』より

プログラム表紙

8月23~27日 サマーミュージックフェスティバル大阪 初開催(いずみホール)
関西ゆかりの演奏家たちによる室内楽を中心とした夏季の連続コンサートで、地域文化の活性化を目的として開催。シューベルト生誕200年、メンデルスゾーン没後150年、ブラームス没後100年という3つの周年記念に因むプログラムが組まれた
9月20日 奈良フィルハーモニー管弦楽団 第1回定期演奏会(奈良文化会館国際ホール)
1985年創設の奈良県唯一のプロ・オーケストラ(2013年より日本オーケストラ連盟・準会員)。結成以来の初定期公演となった

10月10日 新国立劇場 開館
オペラ、演劇、バレエ・現代舞踊など現代舞台芸術専用の国立劇場として東京都渋谷区に建設。オペラ劇場・中劇場・小劇場からなり、特に1814席のオペラ劇場は、4面舞台を有する国内屈指の本格的オペラ上演機能を完備。團伊玖磨のオペラ《建・TAKERU》(委嘱初演)で幕開けした

10月11日~11月29日 「京都の秋 音楽祭」初開催
京都の音楽文化の発展と国際交流の促進を目的とした国際音楽祭。京都市などの主催により、開館2年目の京都コンサートホールを拠点に開催。開幕と閉幕に京都市交響楽団の定期公演を据え、この間、姉妹都市として招かれたプラハ交響楽団や、京都ゆかりの奏者など内外の著名演奏家が出演。シンポジウム、マスタークラス、邦楽公演を含む多彩な公演が約50日間にわたり繰り広げられた

プログラム表紙

出演者一覧(プログラムより)

11月27、29日 ザ・カレッジ・オペラハウス 日本オペラ・シリーズV 黛敏郎《金閣寺》関西初演(ザ・カレッジ・オペラハウス)
岩城宏之指揮、栗山昌良演出、オペラハウス管弦楽団・合唱団
4月10日に没した作曲家・黛敏郎への追悼を込めた上演。舞台を牽引した主演の井原秀人(Bar)の表現力、オーケストラなどの力演により、「入魂の名演」(小石忠男)と評価を得た。当公演により、ABC国際音楽賞、大阪舞台芸術賞、三菱信託音楽賞の3賞を受賞。本学オペラハウスが関西音楽史に大きな足跡を残した重要な舞台となった

1998年(平成10年)

大阪音楽大学の歴史

1月 「授業に関するアンケート調査」実施
自己点検・評価委員会が本学の教育充実を目的に、大学院・専攻科を除く全学生を対象とするアンケートを初めて実施、12月に報告書を発行した(教員対象のアンケートも次年度に実施)

1月29日、2月20日 ザ・カレッジ・オペラハウス、ABC国際音楽賞・大阪舞台芸術賞受賞
《金閣寺》公演が前年、関西で行われた全公演の中から優れた3件の1つに選ばれ、ザ・カレッジ・オペラハウスが1997年「ABC国際音楽賞」を受賞。さらに、前年の府内における舞台芸術のうち、優れた舞台効果をあげ、府民文化の向上に貢献したものに贈られる平成9年度「大阪舞台芸術賞」を相次いで受賞した

1月29日 ABC国際音楽賞贈呈式(右から日下部館長、演出の栗山昌良、西岡理事長、主役溝口を演じた井原秀人)

2月20日 大阪舞台芸術賞贈呈式(贈呈を受ける永井学長)

2月15日 第29回吹奏楽演奏会(アルカイックホール)

開催中の長野オリンピックのためにJ.v.d.ローストが作曲した祝典序曲《オリンピカ》を演奏。折しも直前に、ジャンプ競技で日本人選手が金・銅メダルを取ったばかりであったという

2月22日 コンサート・オペラ・シリーズIV ヴァーグナー《さまよえるオランダ人》
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第19回定期演奏会として開催。以後、年2回の管弦楽団定演の1回をこのシリーズにあて、オペラハウスの規模では本公演が難しい作品の全曲演奏を演奏会形式で行っていくことになる

4月1日 第5代学長に西岡信雄就任
日下部吉彦オペラハウス館長が任期満了につき退任、顧問に就任
オペラハウス新館長に安則雄馬就任
田中喜一、梅本俊和、磯野清、東儀幸、中島警子に名誉教授の称号

4月1日 アドミッション・センター発足
学外の情報を収集し、入試から卒業後の進路選択までの抜本策を講じる機関として設置。教授会・理事会・事務局・音楽学園と、本学全ての部門から選任した10名により運営を開始した

4月1日 入試制度改革
平成11年度音楽学部作曲学科楽理専攻は第2方式をさらに3つに細分化し、受験生の選択肢を拡大した。短大は推薦入試において、実技診断テストの結果を専門実技成績評価に加味、また「高校特別推薦制度」を導入。これは高校音楽科・音楽コースから推薦を受けた志願者の専門実技試験を認定し、受験を免除するもの

4月24日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団創立10周年記念ガラ・コンサート(第20回定期演奏会)
1988年4月、国内初のオペラハウス専属オーケストラとして誕生してから10年。オペラハウス管弦楽団が国内外で活躍の本学ゆかりのソリストを迎え記念コンサートを開催した。指揮は3年前から同団を率いて来た常任指揮者、飯森範親。創立時、年7回であった公演は、学内外年間41回にまで増え、通算42本のオペラ作品を演奏。前年の《金閣寺》で得た全国的な評価を披露した

5月 学長諮問機関「将来計画検討委員会(FD委員会)」設置

5月21日 故安川加壽子客員教授遺品を受贈

日本が誇るピアニストの一人で、本学教員として30年間後進の指導に当っていた故安川加壽子客員教授の遺品である楽譜77冊が、遺族によって本学図書館に寄贈された
7月18、20日 シリーズ「世紀末から新世紀へ」I ヴァイル《三文オペラ》
日本オペラ・シリーズの後を受けて、「世紀末から新世紀へ」をテーマに20世紀の作品を取り上げていく新シリーズを開始。第1弾は20世紀というクロスオーバーの時代を象徴するものとして、《三文オペラ》を選んだ。音楽的にも様々な要素を含んだ作品だが、オペラとしての上演は珍しい。劇団「黒テント」の演出家、加藤直を起用、指揮は飯森範親。オペラ歌手が踊り、役者、ダンサーも歌うという、オペラハウスが「実験劇場」としてまた新たな境地を開拓し、高い評価を得た公演であった

7月24日 事務機構改革検討委員会発足
理事長諮問により、社会の変革に沿った事務機構の役割、在り方を抜本的に見直すための委員会を設置。2年間の準備期間を経て、2000年9月に事務機構を刷新する

8月4、6日 短大音楽専攻ミュージカルクラス「すみれの里とミュージカル」公演(静岡県春野)
同クラス1・2年生の全32名、短大専攻科生1名が教職員7名とともに8月3~6日の日程で、“レビューの王様”といわれる白井鐵造の故郷、静岡県春野町へ初の研修合宿を行った。2回のミュージカル公演及び、引率の太田哲則教員らによる小中学生のための公開講座を行った

9月1~15日 わらべ館 特別展示「永井幸次とその時代」開催
鳥取市にあるわらべ館が「とっとり県民の日」制定を記念し、鳥取県が生んだ三大音楽家の一人として、永井幸次の足跡を紹介する特別展を開催。会期中、『琥珀のフーガ 永井幸次論考』を出版した鎌谷静男名誉教授が講演を行った

9月6日 「小学生のための体験入学会」開催
音楽好きな子供たちに本学を紹介するため、ヤマハとの共催で行った。950名余りの参加者があった
オペラハウスで大学に関する説明、永井譲教員による公開ピアノ・クリニックや学生たちによるミニ・コンサートを行った

ピアノ・クリニック

希望者は学内も見学

9月10日 ザ・カレッジ・オペラハウス、三菱信託音楽賞受賞
前年の《金閣寺》公演の成果により、ザ・カレッジ・オペラハウスが第6回三菱信託音楽賞を受賞。1997年度に三菱信託芸術文化財団が助成した26公演の中から選ばれたもので、これでオペラハウスはABC国際音楽賞、大阪舞台芸術賞に次いで三冠に輝いた

東京・菱の実曙橋ハウスで授賞式が行われ、西岡理事長・学長らが出席、贈呈を受けた

林宏財団理事長から音楽賞を受ける西岡理事長(左)

9月24、25日 第10回選抜学生オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》
10回目を数え、すっかり定着した学生オペラは早々と発券中止になる公演もあった。学生オペラ初指揮となるザ・カレッジ・オペラハウス合唱団専任指揮者の牧村邦彦と演出家中村敬一との新コンビによる上演であった

学生オペラからオペラハウスのソリストも数多く輩出している

開幕前、小道具の最終点検をする学生スタッフ

10月7日~11月30日 平成10年度演奏月間
9月下旬の3日間、阪急全線の全車両に本学初の中吊り広告を掲出し、PRを行った。OCMセンターにはPR翌朝よりチケット申し込みの電話が相次いだ

本学初の中吊り広告

10月31日~11月1日 大学祭「満開'98」
中庭ステージではFM「CO・CO・LO」の公開生放送などが行われた

11月16~21日 「公開講座フェスタ’98」に協力(大阪府立文化情報センター)

大阪府立文化情報センターに、阪神奈大学生涯学習ネット参加の本学はじめ9大学2機関が協力して開催。本学は2011年まで参加協力、楽理専攻の教員が講義を行った
11月18日 「近代都市・大阪と狸文化」について講義をする小西潤子教員
平成10年度 特別講義・演奏月間
特別講義

財津進(5月28日
ヴィオラ)

トーマス・ロバーテロ(6月2日
フルート)

レックス・マーティン(6月2日
テューバ)

ペーター・コラッジオ(6月29日
ピアノ)

ベラ・シキ(10月1、2、5~9日
ピアノ)

ジャック・ルヴィエ(10月20日
ピアノ)

平野忠彦(10月27日声楽)

野入志津子(10月28日楽理)

トーマス・インデアミューレ(11月2日オーボエ)

斎藤雅広/家田紀子(11月16日ピアノ)

ジョン・マナシー(11月17日クラリネット)

ワルター・モーア(11月17、18日
声楽)

川島素晴(11月18日作曲)

当年度は、この他に以下の特別講義・公開レッスンを開催。
  • 6月30日:モーゼ・エプシュタイン(フルート)
  • 9月16日:皆川弘至(楽理)
以下の演奏会も特別講義として開催。

ミラクル・トランぺッターによるレクチャー・コンサート(10月7日)
演奏月間

総合パンフレット

第10回ザ・コンチェルト・
コンサート(10月7日)

大阪音楽大学管弦楽団
演奏会(10月9日)

短期大学部管弦楽団
演奏会(10月12日)

第9回ザ・カレッジ・コンサート(10月16日)

第5回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(10月22日)

作曲作品発表会(10月28日)

楽器博物館第47回
レクチャー・コンサート(10月28日)

歌曲研究発表会(11月5日)

第5回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート(11月6日)

ピアノ室内楽(弦楽器)
研究発表会(11月9日)

日本の歌クラス発表会(11月11日)

第13回ピアノ・グランド・
コンサート(11月12日)

第21回邦楽演奏会(11月13日)

大学4年合唱B受講生
による合唱発表会(11月14日)

短期大学部
第7回定期演奏会(11月16日)

第12回新作展(11月18日)

リート・ストリングクラス発表会(11月18日)

第41回定期演奏会(11月20日)

第41回定期演奏会(11月20日)

邦楽合奏発表会(11月21日)

シンフォニッククラス発表会(11月27日)

ピアノアンサンブル発表会(11月23日)

大阪音楽大学管弦楽団
演奏会

短期大学部管弦楽団
演奏会

第9回
ザ・カレッジ・コンサート

第5回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート

第5回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第13回
ピアノ・グランド・コンサート

第21回邦楽演奏会

短期大学部
第7回定期演奏会

第12回新作展

第41回定期演奏会

関西音楽の歴史

4月5日 明石海峡大橋開通

4月10日~5月2日 第40回記念大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
当記念回は、財団法人から任意団体となった大阪国際フェスティバル協会、及び朝日新聞文化財団、朝日新聞社の主催で開催(8演目10公演)。新日本フィルハーモニー交響楽団公演で開幕し、マイヤ・プリセツカヤなどが参加した「世界のエトワールたちの華麗なる競演」、アンネ・シュヴァネヴィルムス(Ms)などのバイロイト音楽祭出演歌手による「バイロイト・ワーグナー・フェスティバルの歌手たち」と題した公演や、NHK交響楽団の15年振りの参加などが話題を集めた
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

マイヤ・プリセツカヤ

アンネ・シュヴァネヴィルムス

6月14日 日本テレマン協会創立35周年記念 テレマン・プロジェクトVol.1(カトリック夙川教会聖堂)
協会名として冠する作曲家テレマンの受難曲を本邦初演するシリーズ。当初回(兼・教会音楽シリーズ第139回公演)は《マタイ受難曲》(1762年版)を演奏

9月5日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 開館
大津市打出浜の琵琶湖畔に建設。大・中・小の3つのホールを有し、大ホールは西日本初の4面舞台を持つ公立オペラ劇場として注目を集めた。開館に先立ち3月に専属の「びわ湖ホール声楽アンサンブル」を設立。同ホールの初代芸術監督に若杉弘が就任した

9月25~27日 ボローニャ歌劇場 関西初公演(びわ湖ホール大ホール)
びわ湖ホール開館記念公演の一環として来演(初来日は1993年)。マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》とプッチーニ《ジャンニ・スキッキ》の併演、ジョルダーノ《フェドーラ》の本邦初演を行った
10月10、11日 関西二期会第49回オペラ公演 R.シュトラウス《ナクソス島のアリアドネ》邦人による関西初演(アルカイックホール)
現田茂夫指揮、松本重孝演出、京都市交響楽団
同会創立35周年記念にして初のR.シュトラウス作品上演であった。12日(京都会館第一ホール)は京響オペラ公演として開催

関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より

10月16日 京都アルティ弦楽四重奏団 初公演(京都府民ホール・アルティ)
京都府民ホール・アルティ開館10周年を機にレジデント・カルテットとして結成

10月28日 西本智実 日本指揮デビュー(京都コンサートホール大ホール)
本学出身(作曲学科作曲専攻)にして1996年にロシア国立サンクトペテルブルク音楽院に留学し、当時世界最高齢指揮者として注目を集めたイリヤ・ムーシンに師事。京都市交響楽団を指揮した当演奏会が本格デビューとなった(初来日したムーシンが参助出演しプログラム前半を指揮)。稀少な新進女性指揮者として脚光を浴び、翌年には第9回出光音楽賞を受賞した
11月3日 大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団(現・大阪コレギウム・ムジクム合唱団) 第5回東京定期公演(カザルスホール)
柴田南雄の作品をはじめ、20世紀の合唱音楽などを演奏。当公演の成果により、平成10年度文化庁芸術祭音楽部門優秀賞を受賞

11月25、26日 関西歌劇団創立50周年記念公演 ヴェルディ《アイーダ》(フェスティバルホール)
ティツィアーノ・セヴェリーニ指揮、ステーファノ・モンティ演出、関西フィルハーモニー管弦楽団、関西歌劇団合唱部、関西歌劇団創立50周年記念合唱団ほか 
イタリア音楽協会(ミラノ)との合同制作。同団による当オペラは、日本における野外オペラの先駆となった1957年公演(甲子園球場、大阪球場)をはじめ、実に5度目の上演であった。当公演により尼崎市民芸術特別賞を受賞 

関西歌劇団提供『関西歌劇団50年のあゆみ』より

チラシ

11月27日 ペンデレツキ《7つのエルサレムの門》(交響曲第7番)本邦初演(フェスティバルホール)
大阪フィルハーモニー交響楽団第323回定期演奏会にて、ポーランドの現代作曲家クシシュトフ・ペンデレツキ自ら指揮初演。エルサレム建都3000年を記念し1996年に作曲された宗教的大作で、20名のバンダ、3部からなる混声合唱、5名の歌手並びに語り手を要した。当初演に本学のオペラハウス合唱団が参加し、重責を果たした

チラシ

11月29日 1000人のチェロ・コンサート 初開催(神戸ワールド記念ホール)
阪神・淡路大震災復興支援チャリティー公演で、名チェリストのパブロ・カザルス没後25周年を兼ねての開催。チェロをたしなまれた高円宮憲仁親王殿下を名誉総裁とした。日本やドイツなど8ヶ国からプロ・アマを合わせたチェロ奏者1013名が参加。世界最大のチェロ・アンサンブルとしてギネス記録となった(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチが指揮に招かれ、1069名が参加した2005年の第3回で記録更新)
12月1日 特定非営利活動促進法(NPO法)施行
西日本初の4面舞台劇場の誕生とヴェルディのオペラ初演シリーズ
1998年(平成10年)、風光明媚な滋賀県大津市の琵琶湖畔に「滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール」が開館した。基本計画から竣工まで、9年を要したという。大・中・小の3つのホールを有し、あたかも大きな白波のような、あるいは風を捉えた帆船を模したような、実に様々なイメージを喚起する斬新な外観が特徴的な建築となった。その外観のみならず、大ホール(1848席)は西日本初の4面舞台を備え、大規模なオペラやバレエ公演に適した舞台芸術専用劇場(プロセニアム型)兼コンサート・ホールとして大きな注目を浴びた。このような多面舞台の劇場としては、日本初の3面舞台と謳われた愛知県芸術劇場大ホール(1992年)をはじめ、よこすか芸術劇場(3面舞台、1994年)、アクトシティ浜松大ホール(日本初の4面舞台、1994年)、富山市芸術文化ホール(3面半舞台、1996年)、新国立劇場オペラパレス(4面舞台、1997年)などが全国各地で次々と誕生し、1990年代はさながら国内劇場建築ラッシュの様相を呈した時代となった。
びわ湖ホールは、初代芸術監督に国際的なオペラ指揮者として名高い若杉弘を迎えた。また、開館に先立って日本初の公立劇場専属となる「びわ湖ホール声楽アンサンブル」を設立し、ホールの創造活動の1つの核とした。1998年(平成10年)9月5日、開館記念「オープニング・ガラ」を大ホールにて開催。若杉弘指揮大阪センチュリー交響楽団、松山バレエ団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、関東と関西の気鋭の歌手陣により、ハイライトながら日本での初上演となったロッシーニのオペラ《湖上の美人》や、チャイコフスキー《白鳥の湖》からのシーンなど、「湖」に因んだ演目で幕を開けた。公演のメインにはJ.シュトラウスII世の《こうもり》から「祝宴の場」が上演され、まさに開館に相応しい祝祭の音楽がホールを華麗に彩った。当ガラ公演を皮切りとして、劇場の3つのホールにて翌年3月に至るまで計23の開館記念事業、全72公演を挙行。ジョルダーノ《フェドーラ》(本邦初演)などを上演したボローニャ歌劇場の引越し公演(9月)、滋賀県とミシガン州の姉妹提携30周年記念として初来日したデトロイト交響楽団演奏会(11月)、キーロフ・バレエ(現・マリインスキー・バレエ)の《くるみ割り人形》(12月)といった外来公演のほか、若杉弘が指揮と案内役を務めた「青少年シンフォニーホール」(10月)や、びわ湖ホール声楽アンサンブルを主体とした「青少年オペラ劇場」(1999年2、3月)など、次世代の音楽的啓蒙を目的とした同ホールならではの自主企画も展開した。
特に、国内外で活躍する日本人歌手を起用し「びわ湖ホール・プロデュースオペラ」と銘打ったヴェルディの《ドン・カルロ》上演(1999年1月)は、5幕版による本邦初演として話題を集め(若杉弘指揮、鈴木敬介演出、京都市交響楽団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、東京オペラシンガーズ)、同年10月には同作曲家の《群盗》の本邦初演が続いた。同ホールは翌2000年以降、毎年1作ずつヴェルディのオペラの自主制作上演(全て本邦初演)をシリーズ化し、2006年に至るまで継続した(全9作)。このシリーズは文化発信の主要事業の1つとして位置付けられ、その充実した演奏のみならず、本場イタリア人デザイナーらによる豪華な衣装や舞台装置なども反響を呼び、全国のオペラ・ファンの関心を大いに集めることとなった。
  • 1999 《ドン・カルロ》(5幕版)、《群盗》
  • 2000 《ジャンヌ・ダルク》
  • 2001 《アッティラ》
  • 2002 《エルナーニ》
  • 2003 《シチリアの夕べの祈り》
  • 2004 《十字軍のロンバルディア人》
  • 2005 《スティッフェリオ》
  • 2006 《海賊》
    (2007年に予定されていた《レニャーノの戦い》は、若杉弘の新国立劇場芸術監督への転出により実現しなかった)

同ホールは、「西日本に初めて誕生した本格的なオペラ劇場として、開館当初から芸術監督によるプロデュースオペラや子どものためのオペラを制作。日本で唯一の専属声楽アンサンブルを有し、アウトリーチや地域の演奏団体・ホールとの協働事業を行うなど、“関西オペラの拠点”として音楽文化の振興と普及に貢献した」として、2011年(平成23年)度地域創造大賞(総務大臣賞)を受賞している。

1999年(平成11年)

大阪音楽大学の歴史

2月10日 西本智実(大卒、現・客員教授)、第9回出光音楽賞受賞
ロシア留学を経て、前年10月の国内デビューとされる京都市交響楽団との演奏が評価され、クラシックの新進音楽家を顕彰する出光音楽賞を受賞。関西音楽界からの同賞受賞は初。翌年2月には平成11年度「咲くやこの花賞」も受賞した

2月28日 第30回吹奏楽演奏会(神戸文化ホール大ホール)

中澤道子教員の新作《吹奏楽の為の1999》(委嘱作品)などを演奏

3月4日 大阪音楽大学特別演奏会「巨匠から学生たちへ」(ザ・シンフォニーホール)
1976年の定演以来23年ぶりに、朝比奈隆名誉教授指揮による演奏会が実現した。特別編成した本学管弦楽団は選抜学生83名、教員ら37名の計120名。宗倫匡教員がコンサート・マスターを務めた。現役最高齢90歳の巨匠との共演、そしてその指導を受けたことは、学生たちにとってこの上ない貴重な経験となった

3月16日 大阪音楽大学大学院開設30周年記念演奏会「21世紀へのメッセージ~響け未来へ~」(いずみホール)
開設30周年を記念し、大学院が総力をあげて演奏会を開催。オーディションで選ばれた新作、及び20世紀の巨匠たちの室内楽作品を、専攻を横断したアンサンブルの形で演奏した

3月27、28日 シリーズ「世紀末から新世紀へ」II ブリテン《アルバート・へリング》
シリーズ2作目は20世紀を代表する作曲家の一人、ブリテンのオペラ。イタリア、ドイツ以外の国の作品も取り上げ、新機軸にしたいとの意図もあった。オペラハウス及び関西でも初となる英語でのオペラ上演に、サンフランシスコからコレペティートルを招いて指導を受けた

12名という室内楽的編成の
オーケストラ

コレペティートルのマーシー・
スタップによる発語法の指導

4月1日 入試制度改革
短大推薦入試において、「専門実技認定制度」、「高等学校音楽系クラブ特別推薦制度」を導入。前者は付属音楽学園実施の『短大進学実技適性テスト』で実技能力を認定された志願者の実技試験を免除するもので、ソロ・コンクールの成績優秀者も利用可能とした。後者は吹奏楽や合唱などのコンクールで優秀な成績を収めた高等学校のクラブに所属する高校生を対象に、実技試験を認定し、免除するもの

4月1日 短大音楽専攻募集コース変更
従来の6コース(16クラス)を10コースに再編。(ミュージカル/ポピュラー・ボーカル/声楽/ピアノ/電子オルガン/吹奏楽/ジャズ/ストリング/リコーダー/ギター)

4月1日 大学・短大単位互換制度実施

4月1日 オペラハウス新館長に中村孝義就任
永井譲、齋木幸子、安則雄馬、井野辺潔、内村貹子に名誉教授の称号

5月24日 演奏会形式ミュージカル《レ・ミゼラブル》
3月4日 大阪音楽大学特別演奏会「巨匠から学生たちへ」(ザ・シンフォニーホール)
90年代に入りレパートリーや客演楽団などを厳選してきた朝比奈隆が、本学の学生を主体としたオーケストラを指揮。公的にプロフェッショナル以外のオーケストラを指揮したのは1982年1月、母校の京都大学交響楽団第130回定期演奏会以来のことで、朝比奈十八番のチャイコフスキー・プログラムにして異彩を放つ公演となった

5月30日~7月4日 ザ・カレッジ・オペラハウス開館10周年記念公演
国内初のオペラハウスとして誕生後、着実に重ねてきた10年の成果を披露すべく、2ヵ月にわたり6つの公演を開催した。開幕を飾ったガラ・コンサートは飯森範親指揮で、モーツァルト、プッチーニのオペラ・シリーズの名場面20曲を演奏。ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、同合唱団、当時のキャストを中心に24名のソリストが出演した

7月3、4日 サマー・オペラ 新モーツァルト・シリーズI《フィガロの結婚》
開館10周年記念公演の最後をサマー・オペラと題した「新モーツァルト・シリーズ」が締めくくった。現田茂夫指揮、中村敬一演出、横田浩和制作という新たな陣容で、初の試みとして舞台装置も広島、日立、横浜のオペラ制作機関との共同製作により一新。キャスト、スタッフは80名の応募者の中からオーディションで決定した。早々に発券終了の人気ぶりであった

指揮の現田茂夫(左)と
演出の中村敬一

津田サントリー副社長(右)と西岡学長

7月13日 「サントリー弦楽器コレクション」寄贈式
報道関係者を招き、当年5月にサントリー株式会社より創業100周年を記念して寄贈された弦楽器コレクションの寄贈式を行った。ストラディヴァーリ製作などの名器を含む全76点で、「サントリー弦楽器コレクション」と名づけて楽器博物館で展示、教育・研究に活用、一般にも公開することになった

楽器博物館に並べられ、
初披露となった全76点

高橋館長の説明とともに、
試奏も行った

8月 豊南寮リニューアル工事計画開始
4年計画でA館より順次リニューアル工事を開始

個室

食堂

9月3、5日 黛敏郎《金閣寺》東京公演(東京文化会館)
オペラハウス制作のオペラ《金閣寺》が東京文化会館のリニューアル記念公演に招かれ、2年前の制作・出演陣そのままに、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団・同合唱団、スタッフを含め総勢約200名による初の引越し公演を行った。2日間の来場者は3,305名。オペラハウス開館10周年記念でもあったこの公演は各方面から絶賛を受け、大成功を収めた。同年12月にはびわ湖ホールでも再演

ロビーの様子

9月25日 再現演奏会「大正デモクラシー」(道頓堀 中座)
音楽研究所の音楽文化史研究室が大正時代の大衆的な洋楽を当時のままに再現する演奏会を制作、翌10月末で350年の歴史に幕を閉じた道頓堀の中座を舞台に開催した。同研究室の収集資料に基づく研究公演で、明治期の演奏会を再現した「関西洋楽事始」(1992年)に次ぐ大正編。昼夜2回の公演に1,165名の観客がつめかけ、大正時代へのタイムスリップを楽しんだ

9月27、18日 第11回選抜学生オペラ《魔笛》

10月6日~11月25日 平成11年度演奏月間

10月7日 P号館(ミレニアムホール)起工式
教育施設の充実と社会に開かれた大学の拠点作りをめざして、野田キャンパスに新学舎P号館建設を開始。かねてより懸案であったホール機能を持つ大教室と、大学院内の連係を図り7研究室を一箇所にまとめた大学院ゾーン、練習室50室を併せ持つ複合機能の学舎が誕生することとなる

学生5名による祝奏

O号館南に建設開始のP号館

10月18~30日 「サントリー弦楽器コレクション」特別展
楽器博物館が日本初公開となる「サントリー弦楽器コレクション」の特別展を開催、会場では20、26、29日の3回にわたり寄贈楽器を使ったミニ・コンサートも行った

10月21日 上田希、第68回日本音楽コンクール クラリネット部門第1位受賞
クラリネット部門で上田希(大卒、ジュリアード音楽院修、現・教員)が第1位に輝いた。同コンクールにおける本学出身者の優勝は、1991年声楽部門(オペラ・アリア)の重松みか以来8年ぶりで、器楽専攻の出身者としては初の栄冠となった。20日の作曲部門では福井知子教員(院修)も3位入賞を果たし、本学出身者の相次ぐ入賞となった。翌年10月にザ・カレッジ・オペラハウスが2人の入賞記念特別演奏会を開催

10月29~30日 大学祭「あたり年」

11月1~6日 新制度による短大推薦入学試験実施

12月5日 黛敏郎《金閣寺》びわ湖ホール公演(びわ湖ホール)
びわ湖ホール主催の<黛敏郎 舞台の世界>公演に招かれ、9月の東京公演に次いで同じメンバーによる通産5回目の上演を行った
巨匠からの遺産
朝比奈隆が23年ぶりに大阪音大管弦楽団を指揮──新聞各紙で取り上げられ話題になったこの共演は、1997年(平成9年)秋、本学名誉教授で理事であった朝比奈が久しぶりに本学を訪れ、オーケストラの授業を参観したことがきっかけで実現した。突然目の前に現れた朝比奈の姿に学生たちは緊張し驚いたが、大感激し、オーケストラの音まで変わったという。この様子を見て、案内した西岡学長が無理を承知で願い出たところ、快諾を得たのである。このとき朝比奈89歳。当時の現役指揮者として世界最高齢であり、厳選して仕事を行っていたマエストロに学生たちの指揮を引き受けてもらえることになり、学生はもちろん本学関係者の喜びは格別であった。
1934年(昭和9年)の大阪音楽学校奉職以来60年を越す朝比奈と本学のつながりは、過去の年表に既述の通りであるが、本学の音楽教育の発展は朝比奈隆の存在なくして語ることはできない。本学教員として学生と最後に共演したのは、朝比奈が定年を迎える前年度の第19回定期演奏会であった[1976年(昭和51年)11月19日 会場:フェスティバルホール]。最終ステージで、ベートーヴェン《合唱幻想曲》を演奏している(当該年表参照)。特別演奏会ではチャイコフスキーの《白鳥の湖》より7曲と、《交響曲第5番》を取り上げることになった。特に《5番》は大編成のオーケストラ向きで、学生が取り組むのにふさわしいと朝比奈が選んだ。この曲は自身が1940年(昭和15年)に新交響楽団(現・NHK交響楽団)を指揮してプロ・デビューを果たした思い出の曲でもある。
管弦楽団は宗倫匡教員をコンサートマスターに、約400名の管弦打専攻生から選ばれた83名の学生と、教員ら37名の計120名で特別編成を行った。松尾昌美教員による20回を超える合同練習ののち、演奏会目前の1999年(平成11年)2月12日、朝比奈が23年ぶりに本学の指揮台に立った。3時間半立ちっぱなしで指示を飛ばす巨匠の姿は、とても90歳とは思えないエネルギッシュなものであったという。「大フィルだろうが学生オケだろうが変わりはない」と一音の妥協も許さず、学生たちに“譜面に忠実に”ということを徹底し、ゲネ・プロ(最終総括練習)を含め5回の直接指導で、オーケストラの基本から音楽に対する姿勢、マナーまで教え込んだ。
チケットは発売3日で完売。学生たちは朝比奈と過ごした貴重な時間に学び取ったその教えを音に込め、巨匠のタクトに応えてひたむきに演奏した。日本を代表する世界的指揮者の年輪と学生たちの若い情熱──演奏会を企画した西岡学長はこの両者により「感動的な“磁場”ができた」と評したが、その磁場が会場全体に伝わり、ホールを埋めた1,700人の聴衆の胸を打った。翌日の産経新聞は「ホールは熱気あふれる響きに満たされた」と演奏会の様子を報じている。
「学生たちに意欲があり、いい演奏になりました。よその学校では、急にこうはできないでしょうね」終演後、朝比奈はこう語ったという。(平成11年3月18日付 朝日新聞夕刊)この言葉は朝比奈と本学の絆の深さを物語っている。プロのオーケストラを作り、総合芸術であるオペラをやるにはまず教育が必要、と指揮者として第一線で活躍しつつ本学で40年間後進の育成に力を注いだ。23年のブランクはあっても、朝比奈のまいた種は確実に育ち続けていたのである。「若者の英気を吸って若返り、95歳までは仕事を続けるつもり」と語っていた朝比奈であったが、残念ながらその願いはかなわず、2年後の2001年(平成13年)12月29日、帰らぬ人となった。朝比奈最後の舞台となった同年10月24日の名古屋の公演で演奏されたのもチャイコフスキー《交響曲第5番》であった。
当時の広報誌『Muse』に出演した大学院生の一人が「先生は、私たちの心の中にたくさんの“勉強の種”をまいてくださいました。いつの日かその花が咲き、また新たな種を得ることができるようこれからも努力していきたい」と綴っている。巨匠から学生たちへ──このタイトルに込めた期待の通り、巨匠は音楽を通じて学生たちに多くのものを遺してくれたのである。

1997年9月12日来学時(オペラハウスを見学する朝比奈名誉教授。この時の訪問が23年ぶりの共演のきっかけとなった)

1998年10月9日来学時(打合せの為、再び本学を訪れた)

朝比奈の横から西岡学長・理事長
柿木演奏部長

1998年12月18日 記者会見
「立ってするのが商売だから」と会見でも席を立って挨拶を行った

ザ・カレッジ・オペラハウスでの練習風景
3月1、2日に行われた練習で、朝比奈隆が初めてザ・カレッジ・オペラハウスの指揮台に立った

ゲネ・プロ(最終統括練習)風景

演奏会当日

当日のプログラムより

平成11年度 特別講義・演奏月間
特別講義

久万田晋(7月2日
楽理)

河原廣之(7月6日
声楽(伊語発語法))

マウロ・デ・パオリス(7月14日
声楽(オペラ唱法))

ジークハルト・
ブランデンブルク(10月4日
楽理)

平義久(10月5日
作曲)

パスカル・モラゲス(10月12日
クラリネット)

平野忠彦(10月19日
声楽)

ラデク・バボラク(10月25日
ホルン)

ダヴィッド・ワルター(10月28日
オーボエ/室内楽)

ベアテ・ガブリエラ・
シュミット(11月2日
フルート)

パトリシア・パニー(11月16日
ピアノ)

ワルター・モーア(11月22日
声楽)

井上二葉(11月30日
ピアノ)

北里れい(12月14日
楽理(バロック音楽))

小倉忠夫(12月20日
大学院(美術と音楽))

演奏月間

第11回
ザ・コンチェルト・コンサート(10月6日)

第10回
ザ・カレッジ・コンサート(10月25日)

第6回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(10月26日)

第6回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート(11月5日)

第14回ピアノ・グランド・
コンサート(11月11日)

第22回邦楽演奏会(11月12日)

短期大学部
第8回定期演奏会(11月16日)

第31回吹奏楽演奏会(11月17日)

第13回新作展(11月18日)

第42回定期演奏会(11月25日)

第11回
ザ・コンチェルト・コンサート

第10回
ザ・カレッジ・コンサート

第6回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート

第6回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第14回ピアノ・グランド・
コンサート

第22回邦楽演奏会

短期大学部
第8回定期演奏会

第31回吹奏楽演奏会

第13回新作展

第42回定期演奏会

1999年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演~開館10年のあゆみ
建学の精神「新音楽 新歌劇の発生地たらん」ことをめざし、創立70周年事業の一環として建設したオペラハウスが4月に開館10周年を迎えた。中規模ながらも、日本初にして唯一専属のオーケストラと合唱団を併せ持つオペラ専用劇場として、またあらゆるジャンルの演奏に適するよう備えた音響反射板、残響時間可変装置により、春秋のオペラ・シリーズをはじめ、管弦楽団、合唱団の定期公演や、内外の著名演奏家を招いてコンサートを開催し、学生たちに上質の音楽に接する機会を提供するとともに、開かれた大学として市民にも開放してきた。オペラハウス鑑賞会員の登録は1,000人を越えており、開館以来の入場者数は約25万人に達していた。
一方、定期演奏会をはじめ学生たちによる演奏会は年間70公演を数え、中でも選抜学生オペラやピアノ・グランド・コンサート、ザ・コンチェルト・コンサートなどオーディションにより出演機会が得られる演奏会は、学生たちにとってオペラハウスに出演することが一つの目標となり、学修の励みになっていた。それは多くの若い演奏家を輩出することにつながるものであった。
この10年間にオペラハウスの公演は、1992年にディスカバー・オペラ・シリーズⅣ《若い恋人たちへのエレジー》(H・V・ヘンツェ)で大阪文化祭賞本賞、1997年に日本オペラ・シリーズⅤ《金閣寺》(黛敏郎)でABC国際音楽賞、大阪舞台芸術賞、三菱信託音楽賞を受賞。大学ベースの独自のオペラ活動で、全国にその名を知られるようになっていた。これらの実績による成果を披露し、さらなる発展を図るべく、5月30日のガラ・コンサートを皮切りに、室内楽、協奏曲、ピアノ、マリンバ、オペラの新モーツァルト・シリーズまで、多彩な6つのザ・カレッジ・オペラハウス開館10周年記念公演を開催した。
年表に掲出のシリーズ「世紀末から新世紀へ」II ブリテン《アルバート・へリング》、新モーツァルト・シリーズI《フィガロの結婚》以外の公演は以下の通り。
4月23日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第23回定期演奏会
韓国人指揮者ジョン・ヴィクトリン・ユウが初めて日本のオーケストラを指揮した公演であった。

6月2日 オペラハウス室内楽シリーズ 宗倫匡と仲間たちII

ザ・カレッジ・オペラハウス開館10周年記念公演の第2弾。

6月6日 横山幸雄 ピアノ・リサイタル
ザ・カレッジ・オペラハウス開館10周年記念公演の第3弾。
ショパン没後150年にあたり、1990年(平成2年)に19歳の若さでショパン国際コンクール第3位(1位なし)に輝いた横山幸雄を招聘。
横山はコンクール入賞の翌年に自身初のCD『ショパン ピアノ協奏曲第1番』の録音をオペラハウスで行っており、ゆかりの会場でのリサイタルとなった。

6月11日 モーツァルト 交響曲の夕べ
ザ・カレッジ・オペラハウス開館10周年記念公演の第4弾。黒岩英臣指揮、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の共演で、本学出身の中堅・新進ソリストたちがモーツァルトの協奏曲3曲を演奏。

6月20日 安倍圭子 マリンバ・ジョイント・リサイタル

ザ・カレッジ・オペラハウス開館10周年記念公演の第5弾。世界的なマリンバ奏者の安倍圭子と大阪音楽大学打楽器オーケストラが共演した。
一連の記念公演の中で、唯一学生が出演した演奏会であった。

10月16日 モラゲス木管五重奏団

10月22日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第23回定期演奏会 R.シュトラウス《サロメ》

コンサート・オペラ・シリーズの第5弾。飯森範親指揮、コンサート・ミストレスに広島交響楽団の伊藤文乃を招いた。
同団初めてのR.シュトラウス作品の演奏であった。

有名なサロメ・ダンスには関西で活躍の若手のダンサーが出演

11月6日 オペラハウス室内楽シリーズ ボローメオ・ストリング・クァルテット

12月12日「第九」特別演奏会

関西音楽の歴史

1月16、17日 びわ湖ホール プロデュース・オペラ ヴェルディ《ドン・カルロ》5幕版本邦初演(びわ湖ホール大ホール)
若杉弘指揮 鈴木敬介演出 京都市交響楽団 びわ湖ホール声楽アンサンブル 東京オペラシンガーズ
びわ湖ホール開館記念の一環として上演。同ホール芸術監督・若杉弘のプロデュースによる第1回オペラ公演であった。国内外で活躍する邦人実力派歌手の起用や、ボローニャ歌劇場協力による豪華な衣装などが注目を浴びた。10月には同じくヴェルディの《群盗》を本邦初演。さらに翌年から2006年に至るまで、毎年1作ずつヴェルディのオペラの上演(全て本邦初演)を行った

2月1日 なら100年会館 開館
奈良市が市制施行100年を記念して建設

2月20、21日 関西歌劇団創作・名作オペラシリーズNo.25 大栗裕《地獄変》(メイシアター大ホール)
西本智実指揮 飛鳥峯王演出 エウフォニカ管弦楽団 関西歌劇団合唱部 日本舞踊アカデミーASUKA
1968年の同団による初演、及び1970年の大阪万博における再演以来の上演。西本智美のオペラ指揮デビューとなった
3月4日 大阪音楽大学特別演奏会「巨匠から学生たちへ」(ザ・シンフォニーホール)
90年代に入りレパートリーや客演楽団などを厳選してきた朝比奈隆が、本学の学生を主体としたオーケストラを指揮。公的にプロフェッショナル以外のオーケストラを指揮したのは1982年1月、母校の京都大学交響楽団第130回定期演奏会以来のことで、朝比奈十八番のチャイコフスキー・プログラムにして異彩を放つ公演となった

3月26日 貴志康一 1998年度上方芸能人顕彰授与
大阪における芸能文化の発展に貢献した故人を称える上方芸能人顕彰(大阪市主催)に、貴志康一がクラシック音楽家として初めて選出され、顕彰式が行われた

4月6~30日 第41回大阪国際フェスティバル(フェスティバル)
全5公演という縮小規模での開催であったが、華やかな英国ロイヤル・バレエ団《マノン》公演で開幕。前年のチャイコフスキー国際音楽コンクール声楽部門で日本人として初優勝した佐藤美枝子(Sop)と、ウクライナ出身で世界的に活躍するマリア・グレギーナ(Sop)の両ソプラノ歌手の競演が話題となった
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

英国ロイヤル・バレエ団

マリア・グレギーナ

4月29日 神戸国際会館 新生開館
阪神・淡路大震災で全壊以来、4年を経て復興のシンボルとして再建。同館内建設のこくさいホール(2022席)は翌月28日、名誉館長となった朝比奈隆の指揮する大阪フィルハーモニー交響楽団により杮落しが行われた。6月1日の同ホールのオープン記念として、初来日のルーマニア国立歌劇場がビゼーの《カルメン》を上演
5月9日 前田克治 1999年度「武満徹作曲賞」第1位受賞(東京オペラシティ・コンサートホール)
1997年に第1回が開催された若手作曲家対象の国際的な作曲コンクールで、イタリアの現代作曲家ルチアーノ・ベリオが審査に当たった当年度の第1位に、本学大学院修了の前田克治が作曲した《絶え間ない歌~オーケストラのための》が選出された

チラシ

7月4日 佐渡裕「ヤング・ピープルズ・コンサート」開催(京都コンサートホール大ホール)
5日:ザ・シンフォニーホール 7日:神戸国際会館こくさいホール
レナード・バーンスタインの生誕80年から没後10年の3年間(1998~2000年)を「バーンスタイン・メモリアル・ピリオド」としたイヴェント企画の一環。バーンスタインが、かつて米カーネギーホールで約15年にわたり開催した同名のコンサートの日本版として、遺族の許可を得て青少年の音楽的啓蒙を目的に関西で初開催

9月3、5日 ザ・カレッジオペラハウス開館10周年記念公演 黛敏郎《金閣寺》(東京文化会館大ホール)
岩城宏之指揮、栗山昌良演出、オペラハウス管弦楽団・合唱団
本学オペラハウスによる同オペラの関西初演(1997年)の再演にして、初の東京引越し公演。関西のオペラ団体が東京で公演するのは、1956年の関西歌劇団以来43年ぶり。12月にはびわ湖ホールにて再々演を果たした。本拠地外で当プロダクションの真価を問い、難解と目されてきた当作品を日本オペラの代表作として不動の地位を確立させた功績は極めて大きいものであった

9月4、5日 坂本龍一《LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999》初演(大阪城ホール)
朝日新聞創刊120周年記念、テレビ朝日開局40周年記念公演。現代的パフォーマンス、最新デジタル映像などを駆使し、地球環境、愛、救済、共生をテーマに据えた20世紀音楽を回顧する総合舞台芸術-オペラとして作曲・上演された
11月1~19日 ウィーン音楽祭 in OSAKA'99 ~二人のシュトラウスとウィーン~(いずみホール)

没後100年のJ.シュトラウスII世と没後50年のR.シュトラウスの作品を中心に構成。ウィーン・フォルクスオーパーの歌手たちによるJ.シュトラウスII世のオペレッタ・コンサートや、音楽劇《町人貴族》と元来その劇中劇でありながら後にオペラとして独立した《ナクソス島のアリアドネ》というR.シュトラウスの両作を組み合わせ、オリジナルの構成に近づけた珍しい公演(若杉弘指揮、大阪センチュリー交響楽団他による演奏会形式)などが行われた

2000年(平成12年)

大阪音楽大学の歴史

1月6日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、第20回音楽クリティック・クラブ賞受賞
1999年の年間を通じた大阪、東京、滋賀、兵庫などにおける多彩な演奏活動の成果が評価され、同団初の受賞となった

2月16日 井原秀人(院修)、第10回出光音楽賞受賞
前年の《金閣寺》東京、びわ湖公演における演唱が高く評価され、本学出身者及び関西音楽界から前年の西本智実に次いで2人目の受賞となった。同年8月には第4回松方ホール音楽賞、前年1月にも第13回村松賞大賞受賞

2月26日 管弦打フェスティバル2000
管弦打専攻の1~4年生が初めて一堂にそろった演奏会。小野川・辻井・北野・松尾の4教員が交代で指揮、本学管弦楽団と各学年の吹奏楽クラスが大栗裕作品を中心に演奏を行った
大学専攻科・指揮の学生が管弦楽団を指揮、修了演奏を行った

3月24、26日 シリーズ「世紀末から新世紀へ」III ダッラピッコラ《囚われ人》《夜間飛行》
シリーズ第3弾は、没後25年にあたるイタリアの作曲家L.ダッラピッコラの代表作を2本立てで上演。飯森範親指揮、中村敬一演出による関西初演で、音楽評論家・記者からも高い評価を得た。同年8月、NHK衛星テレビで放映された

《囚われ人》

《夜間飛行》

3月27日 音楽研究所、平成11年度大阪舞台芸術賞奨励賞受賞
音楽研究所が前年9月25日、中座での再現演奏会「大正デモクラシー」において、大正時代に流行した西洋音楽を多角的で綿密な調査・研究により豊麗に再現し、優れた舞台成果をあげたとして、平成11年度大阪舞台芸術賞奨励賞を受賞

4月1日 短大新教育制度・短大専攻科新カリキュラム実施
短大の選択科目を拡大、学修計画の柱となる3つの「選択系」と「セメスター制」を導入。短大専攻科は従来のセミナー制を廃止、専門実技を重視したカリキュラムに改訂、募集形態も変更

4月1日 短大専攻科3専攻に学位授与機構の認定
短大専攻科生、短大卒業生に学士取得の道が広がった

4月1日 大学院奨学制度発足

4月1日 短大に学長補佐職設置 赤松二郎就任
付属音楽幼稚園園長に景山伸夫、付属音楽学園園長に大前育子就任
馬場喜子、不二樹紀子に名誉教授の称号
日野皓正、短大音楽専攻教授に就任

世界的なジャズ・トランペッター日野皓正の教授就任記者会見にはテレビカメラ7台、数多くのマスコミがつめかけた。(4月20日K号館)音楽専攻ジャズ・コースを担当

記者会見

会見後の初授業

4月9日 大学院演奏会「20世紀のメロス」(ザ・フェニックスホール)
「20世紀の抒情の世界をうたう」をテーマに、平成11年度大学院修了生が中心となり、7研究室の枠を超えて企画・構成。院生の新作歌曲とブリテン、ラヴェルの作品を演奏した

5月15日 楽器博物館員によるNHKラジオ放送の解説コーナー開始
NHK大阪放送局制作のFM放送番組「イブニング・ミュージック・ライン」(月~金曜日18時00分~18時50分 近畿一円放送)に月2回、楽器博物館の高橋館長、大梶学芸員が様々な楽器の解説を行う「Instrument Fantastic」というコーナーが登場、2003年3月まで続いた。4月以降、ラジオ第1の別番組(全国放送)のコーナーでも同年度末まで5日連続5回にわたり音楽解説を行った

5月30日 サントリー弦楽器コレクション特別演奏会「よみがえる古雅の響き」(ザ・フェニックスホール)
楽器博物館がサントリー弦楽器コレクションを用いて、記念となる第50回レクチャー・コンサートを開催。全76点のうち、8点を演奏・レクチャーに使用した

出演者全員によるアンコール
《ラ・フォリア変奏曲》

解説の高橋浩子館長と
ヴァイオリンの松田淳一教員

5月31日 「京都・国際音楽学生フェスティバル2000」に出演(アルティ)
初回以来、毎年選抜学生たちがオーケストラや合唱に参加しているが、最終日のフランス&日本DAYに日本代表校として出演。中でも初参加となる邦楽専攻の学生たちの演奏は注目を集めた

9月1日 新事務機構発足、職制変更
事務組織を「学務」「アドミッション」「エクステンション」「研究」「管理」「企画」の6部門制に刷新。学務事務部門に学生向けの総合窓口「学務センター」を開設

9月29、30日 第12回選抜学生オペラ《フィガロの結婚》

今津文化会館での練習(8月7日から3日間、学生オペラ初の練習合宿を行った)

9月30日 P号館(ミレニアムホール)竣工
302名収容の音楽ホール型大教室、大学院ゾーン(研究施設7室)、練習室ゾーン(50室)からなる新学舎P号館が完成。大教室は公募により、“ミレニアム2000年竣工を端的に表し、呼びやすい愛称”として「ミレニアムホール」と命名。学生の新たな教育・研究・発表の場であると同時に、社会人のための特別講座などの会場にも活用していくことになった

10月2、3、5日 ミレニアムホール オープニング・コンサート
伊勢大神楽でこけら落としを祝い、3夜にわたる多彩なコンサートを開催。第3夜の学生初の演奏会となる「ステューデント・コンサート」には、全在学生対象のオーディションにより選ばれた25名が出演した

こけら落としの伊勢大神楽

開演前の来場者の列

10月4日 第1回オペラハウス定期演奏会
3年連続で行った《第九》特別演奏会に区切りをつけ、大学の施設である“実験劇場”の意義を求めて、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団と合唱団による定期演奏会を「合唱作品シリーズ」として開催することになった
初回は、バッハ没後250年記念として、バッハと現代作曲家ジョン・ラッターの2つの《マニフィカト》を歌い比べるという企画であった

10月13日~11月24日 平成12年度演奏月間

10月25日 上田千鶴子、堀陽教員に短大教育功労者の表彰
文部省が短期大学制度発足50周年を記念して、全国の短期大学教育における功労者を表彰。本学から上田、堀の2教員がその栄に浴した

11月1日 エクステンション・センター開設
エクステンション事務部門に在学生・卒業生のための総合活動支援機関として設置。就職・進学・留学・音楽活動・各種資格取得・インターンシップなどを支援、各種公開講座も実施

11月2~4日 大学祭「Special Century」
20世紀最後となる大学祭のテーマは「Special Century」
最終日には西岡学長企画の学生による宮城県の伝統芸能「火伏せの虎舞」の実演と囃子演奏が行われ、日野皓正教員がバンドを率いて特別出演したライブは最高の盛り上がりを見せた

「火伏せの虎舞」

日野バンド

11月3日 音楽研究所第1回公開講座「懐かしいリードオルガンの世界─その存在意義について」

音楽研究所の音楽文化史研究室と楽器博物館が初の合同企画として、音楽研究所第1回公開講座を楽器博物館で開催。楽器博物館第51回レクチャー・コンサートを兼ねていた。講師は日本リードオルガン協会会員の佐藤泰平立教女学院短期大学教授
11月28日 ザ・カレッジ・オペラハウス、第30回モービル音楽賞受賞
ザ・カレッジ・オペラハウスが日本の音楽文化の発展・向上に功績のあった個人または団体に与えられる「モービル音楽賞」の2000年度洋楽部門本賞を受賞。開館以来のオペラハウスの活動が「専属の管弦楽団、合唱団、歌手陣を擁し、確固とした理念で日本のオペラ活動の最先端を歩んできた」と評価された。関西勢が同賞の洋楽部門を受賞するのは1972年度(第2回)の朝比奈隆名誉教授以来28年ぶり。本学関係者としては、邦楽部門で翌1973年度(第3回)に菊原初子名誉教授が受賞している

12月16日 第1回ミレニアムホール特別講座

ミレニアムホールが音楽啓蒙活動及び新たな社会人の生涯学習の拠点となるよう、一般対象の特別講座を開催することとなった。生演奏とお話によるレクチャー・コンサートで、音楽評論家で初代オペラハウス館長の日下部吉彦がプロデュースを務め、現在まで継続している
事務機構改革
1997年(平成9年)10月に発足した緊急アドミッション委員会の事務局ワーキングチームによる最終報告を受け、1998年(平成10年)本学は教学面だけでなく、それを支える事務機構の改革に着手した。これは同年6月、西岡信雄理事長より行われた事務局長への諮問に端を発している。厳しい社会環境における大学の自己変革が求められる時代、本学発展に必要な事務機構整備のため、事務局自らがそのあり方、役割を抜本的に問い直す16年ぶりの大改革となった。
7月24日、事務局長選任の9名の委員による「事務機構改革検討委員会」が発足、局長原案をもとに討議を重ねた。改革の主眼は、志願者・在学生・卒業生・音楽愛好家などのニーズを把握・予測し、それに応えるサービスを提供し得る新たな体制作りであった。当時の事務機構は、16年前の1984年(昭和59年)に整備された4部局9課2事務室に、オペラハウスやO号館の完成で発生した業務に合わせる形で組織が改変されており、各課や事務室の位置付けが曖昧であった。原案による新機構はサービスの提供対象や業務の内容から、学務・アドミッション・エクステンション・研究・管理・企画の6部門で構成され、検討委員会も概ねこれに同意、12月に事務局長の第1次答申が理事長に提出された。この中には学生に対する総合相談窓口「学務センター」の設置や、研究のために共有できるデータベースの形成・管理体制の構築、専門スタッフによる「情報管理室」の設置など検討委員会による意見も盛り込まれた。
翌1999年(平成11年)2月、事務機構改革第2段階検討委員会が編成され、各部門の業務分析チーム、コンピュータ推進・ワーキングチーム、学内諸規程検討プロジェクトチームが発足、具体的かつ詳細な検討の結果、同年9月に事務局長の最終答申が提出された。理事会の了承を得て、12月には改革実行に向け事務局長と各部門を担当する6名の委員による「新事務機構準備委員会」が始動。人的配置については職員全員を対象とした調査資料をもとに、事務局長の面談のうえ行った。
2000年9月、サービスの向上・充実をめざした新事務機構が発足。改革の柱の一つは、学務事務部門に「学務センター」を設置したことである。従来教務、学生、演奏の各課に分散していた学生への窓口業務を一本化することにより、業務効率が上がるとともに迅速なサービスが可能となった。もう一つの柱はエクステンション事務部門を新設、その窓口として「エクステンション・センター」を設置したことであった。これに向けては常任理事会の要請を受けた就職指導担当の理事、教員、職員が1998年6月より準備を開始、同年12月にエクステンション事業推進委員会が発足し、事務機構改革と平行して作業が進められていた。大学教育を生涯学習の中の通過点と捉え、在学生の進路開拓のみならず、卒業生の活動支援や公開講座、資格取得など社会とつながる業務を広範囲にわたって対応する部門として誕生した。
この改革を実現するにはコンピュータによるデータ管理、ネットワーク作りが不可欠であり、同時に進められていたが、2000年7月に本学のホームページが一新され、その後学内LANも構築されるなど、本学のIT化も一気に進むこととなった。
新事務機構の概要は以下の通り。
学務事務部門
学修・教育・演奏に関する業務全般、並びに学生生活・課外活動、福利厚生全般にわたる在学生に係る業務全般を担当。在学中はもとより卒業後も成績証明の発行、教員免許についての相談並びに科目等履修等を扱う。

アドミッション事務部門
入学・入試に関する業務全般および留学生受け入れや音楽学園に関する業務を担当。入学志願者・関係指導者・保護者・高等学校へ情報サービスを提供する業務並びに在学生のうち内部進学希望者に対して学務センターを介して情報を提供する業務を扱う。

エクステンション事務部門
在学生に対するインターンシップなど に学外活動および就職活動等の支援業務全般を担当。卒業生の活躍機会の開拓並びに本学が音楽教育機関として社会に提供できる事業の企画と提供に関する業務全般を扱う。(オペラハウス主催の演奏会、K号館での公開講座等)

研究事務部門
本学教員の研究全般に必要な事務を担 当するとともに、本学付属機関(図書館・楽器博物館・音楽研究所)の事務を担当。在学生並びに教職員および学外研究者に対し研究支援のためのサービス業務などを扱う。

管理事務部門
財務・施設・人事の管理に必要な事務全般並びに事務機構全体のための事務用コンピュータ・ネットワークの整備・管理業務を担当。

企画事務部門
教学運営責任者並びに理事会の業務執行に必要な事務全般を担当。法人関連の監督官庁への届出・申請の事務、将来計画の立案に関する事務、対外重要契約書類、対外広報の統括・広報誌の作成などを扱う。
平成12年度 特別講義・演奏月間
特別講義

タチアナ・シェバノヴァ(5月15日
ピアノ)

ロバート・ペース(5月26日
ピアノ教授法)

霧生吉秀(6月6日
ファゴット)

ジョヴァンニ・
ウンベルト・バッテル(6月6日
ピアノ)

ジャック・モージュ(6月8日
トロンボーン)

レックス・マーティン(6月19日
テューバ)

北村源三(6月26日
トランペット)

辛島輝治(6月27日
ピアノ)

ジグムント・クラウゼ(7月4日
作曲)

タマラ・フォルスカヤ(7月4日
楽理)

マウロ・デ・パオリス(7月12日、9月6~8日声楽(オペラ唱法))

井上陽介四重奏団(10月4日
ジャズ)

ロビン・ボウマン(10月27日
ピアノ)

アンドルー・シュルツ(10月31日
作曲)

ハンク・ジョーンズ(11月8日
ジャズ)

マクサンス・ラリュー(11月9日
フルート)

ホルスト・ギュンター(11月17日
声楽)

ディーナ・ヨッフェ(11月21日
ピアノ)

池辺晋一郎(11月30日
作曲)

茂山千之丞(12月14日
大学院(伝統芸能))

演奏月間

ジュニア・コース
管弦楽団演奏会(10月13日)

第12回
ザ・コンチェルト・コンサート(10月24日)

第7回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(10月27日)

第11回
ザ・カレッジ・コンサート(10月31日)

第7回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート(11月8日)

第23回邦楽演奏会(11月10日)

第43回定期演奏会(11月15日)

第15回
ピアノ・グランド・コンサート(11月16日)

短期大学部吹奏楽団
演奏会(11月18日)

短期大学部
第9回定期演奏会(11月21日)

第14回新作展(11月22日)

第32回吹奏楽演奏会(11月24日)

ジュニア・コース
管弦楽団演奏会

第12回
ザ・コンチェルト・コンサート

第7回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート

第11回
ザ・カレッジ・コンサート

第7回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第23回邦楽演奏会

第43回定期演奏会

第15回
ピアノ・グランド・コンサート

短期大学部吹奏楽団
演奏会

短期大学部
第9回定期演奏会

第14回新作展

第32回吹奏楽演奏会

2000年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演
シリーズ「世紀末から新世紀へ」III ダッラピッコラ《囚われ人》《夜間飛行》、第1回オペラハウス定期演奏会以外の公演は以下の通り。
4月27日 トーマス・インデアミューレ オーボエとチェンバロの夕べ

5月20日 タチアナ・シェバノヴァ ピアノ・リサイタル

6月14日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団第24回定期演奏会 ベートーヴェン《フィデリオ》

コンサート・オペラ・シリーズ第6弾。台詞はカットし、音楽のみで上演。

7月22日 サマー・オペラ 新モーツァルト・シリーズII《コジ・ファン・トゥッテ》
前作の《フィガロの結婚》同様、源田茂夫指揮、中村敬一演出による字幕付き原語上演。中村の演出は劇中劇の設定で、恋の行方を映し出す鏡とチェス盤の扱いが目を引いた。

10月7日 日本音楽コンクール入賞記念特別演奏会
前年の第68回日本音楽コンクールでクラリネット部門第1位の上田希(大卒、ジュリアード音楽院修、現・教員)、作曲部門第3位の福井知子教員(院修)の受賞を記念した演奏会。

ヴェーバー《クラリネット五重奏曲 変ロ長調》op.34(受賞曲)を演奏の上田希

福井知子教員

福井知子《超ラセンII~7人の弦楽器奏者のための》(受賞曲)

10月21日 フロレスタン・トリオ シューマン ピアノ・トリオ全曲演奏会
シューマンのピアノ・トリオを一夜で全曲取り上げる珍しい企画。当日ロビーで販売したCDもほぼ完売するなど、人気の高さを見せた。

11月7日 松村英臣 ピアノ・リサイタル
バッハ没後250年にあたり、第9回チャイコフスキー国際音楽コンクール(1990年)でベスト・バッハ演奏者賞を受賞した松村英臣教員のリサイタルを開催。

11月27日 オペラハウス室内楽シリーズ 宗倫匡と仲間たちIII

メンデルスゾーンの他、バッハ没後250年に因んで《管弦楽組曲 第2番》《コーヒー・カンタータ》を取り上げた。

J.S.バッハ《管弦楽組曲》

同《コーヒー・カンタータ》

関西音楽の歴史

1月29日~12月8日 「時を超えて~新世紀へのバッハ」開催(いずみホール)
開館10周年を迎えたいずみホールの自主企画による、J.S.バッハ没後250年記念の演奏会シリーズ(全10回)。テレマン室内管弦楽団やクイケン・アンサンブルをはじめとする内外著名演奏家・団体が出演、器楽曲から宗教曲に至る多彩なプログラムを披露した
2月3日 キーロフ・オペラ(現・マリインスキー・オペラ) 関西初公演(びわ湖ホール大ホール)
芸術監督ヴァレリー・ゲルギエフのもとヴェルディ《運命の力》の原典版を関西初演。同オペラ3度目の来日(初来日は1993年)にして初の関西公演であった。また当年は、モンテカルロ歌劇場(6月16、18日:フェスティバルホール)、ソフィア国立歌劇場(12月6日:フェスティバルホール)といった外来オペラの関西初公演が相次いだ

平成12年3月1日 関西音楽新聞より

3月24、26日 ザ・カレッジ・オペラハウス オペラ・シリーズ『世紀末から新世紀へ』III ダッラピッコラ《囚われ人》《夜間飛行》 関西初演(ザ・カレッジ・オペラハウス)
飯森範親指揮 中村敬一演出 オペラハウス管弦楽団・合唱団
全国的にも上演の稀な現代イタリア・オペラの関西舞台初演。ファシズム批判、郵便飛行業をテーマとしたダッラピッコラのオペラ代表作2曲を通じ、恐怖政治、科学技術の発展といった20世紀の歴史を回顧する実験的な公演として楽壇の注目を集めた

4月1日 大阪府立国際会議場(=グランキューブ大阪)開館

4月13~26日 第42回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール、いずみホール)
藤岡幸夫指揮大阪フィルハーモニー交響楽団が開幕公演を飾り、梯剛之(Pf)がソリストを務めた。ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団が来演したほか、ジャズの山下洋輔(Pf)出演による「バッハをめぐる夜」や、佐渡裕指揮、宮本亜門演出によるモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》上演といった独自企画が話題を呼んだ。ボローニャ市立歌劇場室内合奏団公演はいずみホールで開催
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

山下洋輔(Pf)

ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団

6月1日~10月1日 第1回大阪国際音楽コンクール(グランキューブ大阪)
大阪国際音楽振興会主催により、ピアノ、弦楽器、管楽器、声楽の4部門を開催。現在では古楽器や民俗楽器部門なども設けられ、多岐ジャンルにわたる総合的なコンクールとして発展

6月13日 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト初開催(フェスティバルホール)
若手音楽家育成を主眼としたオペラ公演で、オーケストラと合唱団はオーディションで決定。声楽キャストには欧米の新進を起用し、モーツァルトの《フィガロの結婚》を上演
6月17、18日 関西歌劇団第77回定期公演 鈴木英明《源氏物語》初演(メイシアター大ホール)
西本智実指揮、飛鳥峯王演出、関西フィルハーモニー管弦楽団、関西歌劇団合唱部、日本舞踊ASUKA
1998年に創立50周年を迎えた同団の記念事業。故山口福男教員の遺志を引継ぎ、田辺聖子の台本に鈴木英明教員が作曲

平成12年8月1日 関西音楽新聞より

7月8日 いずみシンフォニエッタ大阪 初公演(いずみホール)
いずみホール専属の室内オーケストラとして結成。関西ゆかりの奏者により構成され、現代音楽の演奏を主軸とする関西初の楽団となった。「新・音楽の未来への旅 2000」(西村朗企画・監修)の第3夜で飯森範親の指揮でデビュー

パンフレットより

9月10日 日本テレマン協会 ヘンデル オラトリオ本邦初演シリーズvol.6《スザンナ》(いずみホール)
1995年初開催の同シリーズ第6回で、講談師(旭堂南左衛門)が旧約聖書ダニエル書補遺・スザンナに基づく内容を語り進めるというユニークな企画が話題を呼んだ

平成12年11月1日 関西音楽新聞より

11月25、26日 びわ湖ホールプロデュース・オペラ ヴェルディ《ジャンヌ・ダルク》本邦初演(びわ湖ホール大ホール)
若杉弘指揮 鈴木敬介演出 京都市交響楽団 びわ湖ホール声楽アンサンブル 東京オペラシンガーズ
翌年同ホールで開催される「ヴェルディ・フェスティバル」の前夜祭として上演

12月3日 クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団公演(ザ・シンフォニーホール)
4日: フェスティバルホール
カラヤンの死後、1990年より同楽団の首席指揮者・芸術監督の地位(~2002年)にあったアバドとの5度目の来日で、ベートーヴェン・プログラムを披露。アバドはこれが最後の大阪公演となった
ミレニアムの大バッハ-没後250年
戦後間もない1950年(昭和25年)に没後200年、1985年(昭和60年)には生誕300年を祝された作曲家J.S.バッハ(1685–1750)。そして没後250年にあたった2000年(平成12年)、そのゆかりの地ライプツィヒの「バッハ音楽祭」を筆頭に、ミレニアムに沸きかえった世界各地で盛大な記念行事などが催された。日本でもこのバッハ・イヤーに因んだ数々の演奏会はもとより、ワーナー・ミュージック・ジャパンより全12巻(CD153枚組)からなる『BACH 2000』(バッハ大全集)が発売されたのをはじめ、1995年(平成7年)から刊行が始まった小学館の『バッハ大全集』が全15巻をもって完結(1999年)するなど、大規模な商業的企画が市場を賑わした。
かつて、ステレオLPの普及などに伴い1960年代日本に兆したバロック音楽の流行、1960~70年代に台頭した欧州の古楽専門の奏者やアンサンブルなどの相次ぐ来日、そして1980年代に一層活発化した古楽ブームに伴う演奏水準の向上や古楽器の修復・復元技術の進化などにより、バッハ演奏・受容をめぐる状況は戦後から現代への変遷において大きく転換してきた。このような中で迎えたJ.S.バッハ没後250年記念というアニヴァーサリー・イヤーは、モダン楽器演奏から古楽器演奏に至る20世紀後半のバッハの演奏潮流を概観するに相応しい機会となった。
この年、関西でも実に様々なバッハが鳴り響いた。まず、古楽系の来日オーケストラとしては、フランス・ブリュッヘン指揮による18世紀オーケストラとグルベンキアン合唱団(1月30日:京都コンサートホール大ホール)、ミシェル・コルボ指揮のフライターク・アカデミー室内管弦楽団とローザンヌ声楽アンサンブル(10月28日:ザ・シンフォニーホール)が来演し、共に《ミサ曲ロ短調》を演奏。一方モダン・オーケストラでは、ゲオルク・クリストフ・ビラー指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と聖トーマス教会合唱団が《マタイ受難曲》(3月12日:ザ・シンフォニーホール)の初期稿の関西初演にして格式ある演奏を行い、深い感銘を残した。来日ソリストでは、チェロの名手ミッシャ・マイスキーによる《無伴奏チェロ組曲》(1月21、22日:ザ・シンフォニーホール)の全曲演奏が話題となった。
また、没後記念の企画ものとしては、開館10周年のいずみホールが「時を超えて~新世紀へのバッハ」(1月29日~12月8日)と題して全10回の演奏会シリーズを開催し、延原武春指揮テレマン室内管弦楽団、クイケン・アンサンブル、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮コレギウム・ヴォカーレ、当間修一指揮シュッツ室内合唱団、アンナー・ビルスマ、ジャック・ルーシェ・トリオ、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンなど、内外の著名演奏家・団体が出演し、器楽曲から宗教曲に至る個性的かつ多種多様なプログラムを披露した。同じく、いずみホールで行われた「サマーミュージックフェスティバル大阪2000〈ミレニアムの夏祭り〉~バッハさまぁの『うた』四夜~」(8月24~27日)では、関西ゆかりの演奏家たちにより、バッハの作品を古典派・ロマン派・近現代の作品と組み合わせるというユニークなコンサートが繰り広げられた。さらに、びわ湖ホールを主会場とした10演目14公演からなる「バッハ・フェスティバル2000」(9月16日~12月17日)が滋賀や京都で開催され、延原武春指揮テレマン室内管弦楽団やヘルムート・ヴィンシャーマン指揮ドイツ・バッハ・ゾリステンなどが参加。《マタイ受難曲》をはじめとする数々の作品が奏でられた。なお、異色のコンサートとして、「第42回大阪国際フェスティバル」においてジャズ・ピアニストの山下洋輔が出演し(佐渡裕指揮京都市交響楽団と共演)、「バッハをめぐる夜」と題した公演(4月14日:フェスティバルホール)で《無伴奏チェロ組曲第1番》や《チェンバロ協奏曲第3番》などに基づく即興演奏を行い、バッハ・イヤーに華を添えた。
「時を超えて~新世紀へのバッハ」シリーズ(1月29日~12月8日)
全10回チラシ

「サマーミュージックフェスティバル大阪2000〈ミレニアムの夏祭り〉~バッハさまぁの『うた』四夜~」(8月24~27日)

パンフレット

バッハ没後250年記念「バッハ・フェスティバル2000」(9月16日~12月17日)

リーフレット


2001年(平成13)

大阪音楽大学の歴史

2月3日 インターンシップ制度導入
本学は大学・短大に音楽系大学で初めてインターンシップ制度を導入。第1期生がこの日より順次、就業体験実習に入った。次年度には本学も事業所として初のインターンシップ実習生を受け入れた

アートマネージメント会社でコンサートの受付業務を行うインターンシップ実習生

3月18日 オペラシリーズ「世紀末から新世紀へ」IV メノッティ《領事》
同シリーズ最終回。飯森親範指揮、松本重孝演出。数名の音楽評論家からこの年の関西音楽界ベストコンサートの一つに挙げられるなど、高い評価を得た。音楽幼稚園の園児から70代の市民まで、各世代男女60名が群集として出演

4月1日 学則全面改定
副学長設置 鹿島正昭(大学)、赤松二郎(短大)就任
小林峡介に名誉教授の称号

4月30日 野口幸助幸楽会会長退任 後任に永井譲就任
1982年から19年間幸楽会を率いた野口会長が退任し、名誉会長となった

5月10日 第1回ミレニアムピアノコンサート
ミレニアムホールの完成を機に、ピアノ教員の研究成果を披露する演奏会として、年に数回開催することになった
7月7日 初のオペラ・ワークショップ開催
サマー・オペラ《ドン・ジョヴァンニ》公演に先立ち、作品と演出の意図をより深く理解してもらおうと、ヨーロッパの劇場でよく行われている講演スタイルにならい、初の試みとしてワークショップを開催した。以後、公演ごとに行うようになる

左から中村孝義館長、指揮の山下一史、演出の中村敬一教員、プロデューサーの横田浩和教員による座談会形式。ぱうぜ2階において一般向けに自由入場で講演した

システム管理室のサーバーで
一元管理

9月1日 業務系学内LAN本格稼動
前年実施の事務機構改革の一環として進めていた「業務系学内LAN」が完成、本格始動した。IT化による学生への利便性と事務の効率化を図った
9月12日 菊原初子名誉教授死去
本学邦楽部門の基礎を築いた地歌・箏曲演奏家で人間国宝の菊原初子名誉教授が102歳で亡くなった

10月1、2日 第13回選抜学生オペラ《ドン・ジョヴァンニ》
モーツァルト作品の中でも演奏が難しいとされる本作を取り上げるのは、平成元年の学生オペラ復活以来初めて。サマー・オペラと同じ演目となり、同じく中村敬一教員による演出で上演した

10月9日~11月30日 2001年度演奏月間

10月9日 おおさかふみんネットで講演(大阪府立文化情報センターさいかくホール他)
大阪府と府内の市町村が実施する「おおさかふみんネット」の府・市ブロック講座がこの日から4回にわたり開催され、第1、3回の講座で西岡信雄学長、中島警子名誉教授が講義した

第1回「シルクロードにアジアの原風景を求めて」

左から講義を行った西岡学長、ペルシャ音楽を演奏のP.アナビアン教員、B.サーランギ
11月1日 エクステンション・センター「音楽人材登録事業」開始
エクステンション・センターの卒業生支援事業の第1弾で、登録した卒業生及び修了生を様々な音楽人材の需要先に紹介し、その音楽活動をバックアップするシステムを始動。全国的にも珍しい取り組みであった

市立豊中病院ランチタイムコンサート(2002年6月20日)

音楽による地域貢献をめざし、2000年10月より本学学生が行っていたが、音楽人材登録をした本学卒業生らが出演するスタイルで再スタート
11月1~3日 大学祭「RING OF SOUL」

11月9、11日 20世紀オペラ・シリーズI 芥川也寸志《ヒロシマのオルフェ》
20世紀の優れたオペラ作品を新世紀に伝えていく新シリーズがスタート。1作目は“戦争の世紀”を象徴する広島への原爆投下を題材にした芥川也寸志の問題作を取り上げた。本名徹次指揮、中村敬一教員演出で、フル編成オーケストラによるカットなしの完全上演はこれが初演となる。演出の中村が2001年度大阪舞台芸術賞奨励賞、舞台美術の増田寿子が第29回伊藤熹朔新人賞、照明の椴木実が平成13年度第21回日本照明家協会賞舞台部門優秀賞受賞と、多方面から評価を得た公演であった

作曲当初の題名《暗い鏡》を
象徴する大きな鏡を効果的に
用いた演出

11月19日 オペラハウス第1回公募リサイタル
若手演奏家に演奏の場を提供し、優れた人材や興味深い企画の発掘を目的に、リサイタルシリーズの一部を本学教員・卒業生から公募することになった。次年度より「推薦リサイタルシリーズ」と改称

12月21日 学長選挙 西岡信雄を再選

12月29日 朝比奈隆理事・名誉教授死去
文化勲章を受章、現役世界最高齢の指揮者であった朝比奈隆理事・名誉教授が93歳で亡くなった
エクステンション事業の本格化
1990年代に入り、当時の文部省(現・文部科学省)は高齢化など様々な社会的背景から生涯学習やその一環であるリカレント教育(職業人を中心とした社会人に対して学校教育の修了後、いったん社会に出た後に行われる教育)の必要性が高まったとして、その振興を図るべく、大学などの高等教育機関に積極的な取組みを促した。エクステンション(extension)とは本来、延長・拡大などの意味を持つが、各地の大学でこの言葉を用いた生涯学習の事業が見受けられるようになる。本学もこれまでは入学時より卒業証書授与までが大学教育と捉えていたが、従来就職指導課が行っていた在学生の進路指導に加え、さらにエクステンションという卒業後の活動支援までを大学の責務とし、その為の事業を展開することになった。社会人に対しては、大学開放として公開講座や演奏会などを長年行ってきた実績があるが、卒業生の再教育は新たな分野であった。1998年(平成10年)12月、「エクステンション事業推進委員会」が発足、2000年(平成12年)9月1日の事務機構改革でエクステンション事務部門が誕生したのは既述の通りである(2000年コラム「事務機構改革」参照)。
エクステンション新規事業の第1弾は、事務部門誕生前の2000年6月、在学生対象に実施した「音楽指導グレード取得準備講座」である。これを皮切りに同年12月には主に社会人を対象としたミレニアム特別講座、翌2001年(平成13年)には在学生・卒業生・教職員対象のパソコン講座(資格取得)を開催。在学生から卒業生、社会人に向けた幅広い支援活動を開始した。
同じく2001年2月に音楽系大学として初めて導入したのが、文部省が1997年(平成9年)の教育改革プログラムで各大学に提言していたインターンシップ制度である。就職希望者の増加に伴い、エクステンション・センターが前年より制度の構築、受け入れ先企業の選定などに取組んでいた。学生にはアンケートをはじめ説明会や登録、受け入れ先別面接、オリエンテーションなどを実施。第1期生16名が2月3日から音楽関連産業を中心に、順次6企業・組織で就業体験実習を行った。2001年度からは履修科目として単位を認定。2002年には事業所として本学初のインターンシップ実習生を音楽博物館で受け入れた。
また2001年11月からは卒業生への新しい支援活動として「音楽人材登録事業」を開始。これは演奏者・指導者などの様々な音楽人材の需要先に、登録した本学の卒業生・修了生を紹介するシステムで、全国的にも珍しい取組みとして注目された。人材の紹介先については、1997年より理事会が音楽文化史研究室に音楽市場調査を委託。同研究室が収集する関西洋楽史資料及び関西各地方自治体への照会をもとに、関西の音楽関係団体についてのデータベースを作成、関係機関にアンケートを実施するなどして音楽市場情報の収集・分析を行った。登録については幸楽会と連携して卒業生に呼びかけ、半年で280名が登録、初年度の人材紹介実績は「演奏」が32件58名、「指導」が77件103名、「講師等」が25件35名で、「演奏」はホテルのパーティーや結婚式、小中学校での入学・卒業式、高齢者施設、病院など、「講師等」は学校、自治体、教育機関、警察署などであった。翌2002年度より導入の演奏員もオーディションを経て登録することになる。この事業は2011年度(平成23年度)より株式会社テスタ(2005年設立)に移管された。
あわせてエクステンション・センターは卒業生の支援活動として、広報誌『Muse』を通じ、卒業生、本学の現職・元教員が制作に関わったCD、VTR、書籍、楽譜などの広報・販売促進活動も開始した。
平成13年度 特別講義・演奏月間
特別講義

フランソワーズ・
ランジュレ(4月26日
楽理)

津上智実(5月11日
大学院オペラ・歌曲)

クラウス・シルデ(5月21日
ピアノ)

辛島文雄トリオ(6月6日
ジャズ)

エリック・
ハイドシェック(6月29日
ピアノ)

河原廣之(7月3日
歌曲)

マウロ・デ・パオリス(7月4日
オペラ唱法)

ラ・フォンテーヌ(7月10日
バロック演奏)

武谷なおみ(10月23日
声楽)

ジャン=
ドゥニ・ミシャ(10月30日
サクソフォン)

クシシトフ・
ペンデレツキ(11月9日
作曲)

平野忠彦(11月13日
日本歌曲・声楽)

田辺聖子(12月12日
大学院)

高橋アキ('02年1月11日
作曲)

当年度は、この他に以下の特別講義・公開レッスンを開催。
  • 6月11日:今村泰典 (フォンス・ムジケ)(楽理)
演奏月間

第8回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート(10月9日)

第8回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(10月11日)

第12回
ザ・カレッジ・コンサート(10月18日)

第13回
ザ・コンチェルト・コンサート(10月24日)

第1回ザ・カレッジ・
アンサンブル・コンサート(10月27日)

第16回
ピアノ・グランド・コンサート(11月15日)

短期大学部
第10回定期演奏会(11月17日)

第15回新作展(11月20日)

第24回邦楽演奏会(11月22日)

短期大学部吹奏楽団
演奏会(11月24日)

第44回定期演奏会(11月30日)

第8回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第7回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート

第12回
ザ・カレッジ・コンサート

第13回
ザ・コンチェルト・コンサート

第1回ザ・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第16回
ピアノ・グランド・コンサート

短期大学部
第10回定期演奏会

第15回新作展

第24回邦楽演奏会

短期大学部吹奏楽団
演奏会

第44回定期演奏会

2001年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演
4月13日、中村孝義館長はオペラハウスの活動をよりアピールする為、当年度の主催・共催公演を一括して報道関係者に発表。新たに設けた「オペラハウス年間鑑賞セット券」(5種類)の発売、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、同合唱団の新体制についても明らかにした。この新体制は両団のさらに充実した活動を図るもので、管弦楽団は常任指揮者の呼称を首席指揮者と変更、飯森親範が引き続き務め、3月末で退団した初代コンサート・ミストレス林泉の後任に、公募による選考を経て赤松由夏を起用、新たに首席コンサート・マスターとして松本亜土を招聘することになった。赤松はこの松本をはじめ、外部から招聘したゲスト・コンサート・マスターと組んで、1年間は試用期間として経験を積むことになった。合唱団は団内外でオーディションを実施、各パート5名ずつ20名の陣容を整えて本山秀毅教員を音楽アドバイザーに据えた。
年表掲出のオペラシリーズ「世紀末から新世紀へ」IV メノッティ《領事》、新企画の公募リサイタル以外の公演は以下の通り。
2月16日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第25回定期演奏会
第20回音楽クリティック・クラブ賞受賞の実力の真価を世に問うべく、当回より定期演奏会のプログラムを古典派から初期ロマン派の作品に限定してシリーズ化を行った

5月24日 コンサート・オペラ・シリーズ7 ヴェルディ《椿姫》(ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第26回定期演奏会)

ヴェルディ没後100年記念公演。飯森親範指揮、ゲスト・コンサート・マスターに田尻順を迎えた

6月12日 イエフィム・ブロフマン ピアノ・リサイタル
E.P.サロネンの《ディコトミー》が本邦初演された

6月14日 ウィーン・フィルハーモニア・ピアノトリオ演奏会
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサート・マスター、ウェルナー・ヒンク率いるピアノ・トリオの演奏会

7月8、9日 サマー・オペラ 新モーツァルト・シリーズIII《ドン・ジョヴァンニ》
指揮者山下一史のオペラ・デビュー公演。山下にとって《ドン・ジョヴァンニ》は1985年(昭和60年)から亡くなる89年までアシスタントを務めたカラヤンの横で学んだ思い出の作品であったという。中村敬一教員演出による実験的手法の当シリーズ第3弾は革ジャンのドン・ジョヴァンニ、スーツ姿のドンナ・エルヴィラと衣裳も当世風で、現代に引き寄せた《ドン・ジョヴァンニ》の世界を創り上げた。特殊塗料と照明を駆使して突如床に血の海を出現させるなど、斬新な手法が注目を集めた

オペラ初指揮の山下一史

7月18日 ウィーン・トロンボーン四重奏団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン交響楽団など著名なオーケストラの首席奏者らによって1992年に結成された同団の初来日大阪公演

10月8日 第2回オペラハウス定期演奏会

前半は当年度よりザ・カレッジ・オペラハウス合唱団の音楽アドバイザーに就いた本山秀毅教員指揮によるバーバー《アニュス・デイ》とシェーンベルク《地上の平和》で、同合唱団初のア・カペラ(無伴奏合唱曲)演奏であった。後半は飯森親範指揮のモーツァルト《レクイエム》というプログラム

11月9、11日 20世紀オペラシリーズI 芥川也寸志《ヒロシマのオルフェ》
20世紀の戦争の悲惨さを訴えたシリーズ第1弾であったが、9.11同時多発テロとアメリカによる報復開始という戦争の不安が再び世界に募る中、注目を集めた。客席には芥川也寸志未亡人、初演演出の栗山昌良、その稽古ピアノを務めた指揮者の若杉弘らの姿もあり、熱い拍手を送っていたという。上演前には広島出身の糀場富美子作曲《「広島」レクイエム~弦楽オーケストラのための~》を演奏。公演に先立ち10月16日にはミレニアムホールでワークショップを開催。中村孝義館長の司会で、プロデューサーの高橋浩子教員、オペラハウス初指揮となる本名徹次、演出の中村敬一教員、NHKラジオ放送初演当時のプロデューサーで音楽評論家の三善清達が出席。三善は偶然乗り合わせた大阪への新幹線の車中、芥川にオペラ作曲を持ちかけたことからこの作品が生まれたという42年前のエピソードを紹介した

(左)ワークショップ、(中)《「広島」レクイエム》、
(右)ロビーでの原爆関連展示

11月26日 オリ・ムストネン ピアノ・リサイタル

関西音楽の歴史

1月5日~11月4日 「びわ湖ホール ヴェルディ・フェスティバル」開催(びわ湖ホール大ホール)

没後100年を迎えたヴェルディのオペラ上演を主体とした企画。ポーランド国立歌劇場(初来日)の《椿姫》公演を皮切りに、メトロポリタン歌劇場の《リゴレット》(5月)、フェニーチェ歌劇場(初来日)の《椿姫》《シモン・ボッカネグラ》(6月)、びわ湖ホールプロデュース・オペラの《アッティラ》本邦初演(11月)など、ヴェルディ・イヤーに相応しい豪華な演目が繰り広げられた
1月6日 文部科学省発足
中央省庁再編に伴い、旧文部省と旧科学技術庁を統合し発足

3月17日 関西歌劇団 第27回創作名作シリーズ 團伊玖磨《夕鶴》(メイシアター大ホール)

本名徹次指揮、井原広樹演出、大阪センチュリー交響楽団
同団にとって1955年の同作初上演(朝比奈隆指揮、武智鉄二演出)以来46年振りの再演であった。神戸オペラ協会(後のニュー・オペラシアター神戸)によるイタリア初演(1998年)の舞台装置を活用。デザイナーのコシノ・アヤコによる衣装などが話題を呼んだ。作曲者の團は、同年5月17日に滞在中の中国・蘇州にて77歳で急逝
4月16~28日 第43回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
フェルッチョ・フルラネット(Br)の「オペラ・アリアの夕」で開幕し、全6演目が開催された。当フェスティバル初登場となった内田光子(Pf)のリサイタル、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ企画・指揮によるオーケストラ(新日本フィル)を舞台に乗せたリトアニア国立バレエ公演「オーケストラル・バレエ《ロメオとジュリエット》」、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団による北欧プログラムなど、多彩な公演が注目を集めた
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

内田光子(Pf)

リトアニア国立バレエ
オーケストラル・バレエ《ロメオとジュリエット》

4月25日 ユンディ・リ 関西初公演(ザ・シンフォニーホール)
前年の第14回ショパン国際ピアノ・コンクールの覇者。過去2回連続第1位空席であった同コンクールにおいて、スタニスラフ・ブーニン以来15年振りの優勝を飾った
8月8~26日 上方ルネッサンス2001「楽劇の祭典」 開催(国立文楽劇場、奈良県新公会堂能楽ホール、湊川神社能楽堂、真言宗総本山東寺境内、ほか)
関西発祥にして、楽劇とも称される「能・歌舞伎・文楽」上演を基軸とした大規模な祭典。世界に誇るこれら伝統芸能の古典的価値の再認識、及び新たな現代の楽劇を創造することを目的として、関西楽劇フェスティバル協議会の主催により近畿各地で開催

9月1日 Vivava Opera Company 結成
大森地塩の主宰により、音楽家会員とサポート会員により結成された関西の音楽団体。発声ワークショップやコンサート企画から出発し、後にヘンデルのオペラの本邦初演を多数手掛け、注目を浴びた

9月11日 アメリカ同時多発テロ事件

9月24日 朝比奈隆 最後の大阪公演(ザ・シンフォニーホール)
「朝比奈隆の軌跡2001 ブルックナー後期交響曲選集」の最終回で、大阪フィルハーモニー交響楽団を指揮し《交響曲第9番》を演奏。翌10月24日、同団を指揮したチャイコフスキー・プログラムによる「2001名古屋演奏会」(愛知県芸術劇場コンサートホール)が生涯最後の舞台となった

ホール内部(大阪市営交通沿線情報紙『咲~かすOSAKA』vol.5より)

11月3日 NHK大阪ホール開館
NHK大阪放送局の新局舎「大阪放送会館」(大阪市中央区)内に付設。NHKホール(東京都渋谷区)に次ぐNHK系列の多目的ホールとなった
11月19日 ロジャー・ノリントン 関西初公演(フェスティバルホール)
シュトゥットガルト放送交響楽団を率いての初来日。古楽系の指揮者にして、モダン・オーケストラである同団の首席指揮者(1998~2011)を務め、世界的に注目された

12月7日 文化芸術振興基本法公布、施行

12月29日 朝比奈隆 没
大阪フィルハーモニー交響楽団、及び関西歌劇団の創設・発展に寄与し、晩年は現役最高齢の指揮者として敬われた朝比奈隆が93歳で死去。本学ともゆかりが深く、関西音楽界における教育者としても貢献を果たした
ヴェルディ没後100年を記念して
新世紀の幕開けとなった2001年(平成13年)、19世紀イタリアの代表的作曲家にして「歌劇王」とも称される ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)が没後100年を迎えた。母国イタリアをはじめ、世界各国で数々の オペラ上演や記念イヴェントが開催され、ヴェルディの偉業を大々的に称揚した。ヴェルディゆかりの地の1つである ミラノでは、パラッツォ・レアーレ(王宮)にてスカラ座やリコルディ社、ミラノ市などが共催し 「Giuseppe Verdi : l'uomo, l'opera, il mito(ジュゼッペ・ヴェルディ - その人、オペラ、神話)」と題した 大規模な展覧会を開催。1200点にも及ぶヴェルディ関連の資料が展示され、イタリア人にとってはまさに国民的作曲家である ヴェルディの生涯を尊んだ。
日本国内における主だった記念公演としては、没後100年と銘打った外来歌劇場によるヴェルディ上演をはじめ、藤原歌劇団、二期会、東京オペラ・プロデュース、新国立劇場などによる本邦初演を含む様々なオペラ上演、在京のオーケストラによる宗教的大作の《レクイエム》やガラ・コンサートなどが首都圏の舞台を華やかに飾った。
関西では、1月から11月にかけて開催された「びわ湖ホール ヴェルディ・フェスティバル」において、ポーランド国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、フェニーチェ歌劇場が来演し、《椿姫》、《リゴレット》、《シモン・ボッカネグラ》といった名作オペラを上演したほか、同ホールのプロデュースオペラとして《アッティラ》の本邦初演を行うなど、ヴェルディ・イヤーに相応しい豪華な演目が繰り広げられた。このびわ湖ホールでの一大フェスティバルのほか、《レクイエム》を取り上げた本名徹次指揮の大阪シンフォニカー第73回定期演奏会(3月7日:ザ・シンフォニーホール)や、第43回大阪国際フェスティバルにおいて名テノールのカルロ・ベルゴンツィなどが出演した「ヴェルディ・ハイライト」と銘打たれたコンサート(4月25日:フェスティバルホール)、十束尚宏指揮京都市交響楽団特別演奏会の《レクイエム》(9月28日:京都コンサートホール大ホール)、そして、創立当初よりイタリア・オペラ上演に重きを置いてきた関西歌劇団による第80回定期公演《仮面舞踏会》(10月27、28日:アルカイックホール)など、関西ならではの企画や、関西の音楽家たちの底力を発揮するヴェルディ没後100年記念公演が並んだ。
また、創設より10余年、第20回(1999年度)音楽クリティック・クラブ賞本賞を受賞するなど、関西楽壇において確固たる地位を確立した本学のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団が、同合唱団とともに演奏会形式による《椿姫》を上演(5月24 日、「第26回定期演奏会コンサートオペラシリーズ」)。ヴェルディの音楽そのものに迫った公演で大作曲家の没後100年を祈念した。
朝比奈隆、喝采の彼方へ
2001年(平成13年)9月24日、仲秋のザ・シンフォニーホール。朝比奈隆はブルックナー最後の交響曲、第9番の指揮を終え、大阪フィルの団員たちが引き上げた舞台に、ただ一人佇んだ。舞台の下手に立ち、総立ちとなった聴衆の万雷の拍手を一身に受ける朝比奈。この感動的なカーテンコールを含む大阪最後の演奏会全篇を記録した映像(朝比奈隆 シンフォニーの世界II[DVD])は、その年の夏以来の疲れで体調を崩し、驚くほど痩躯となった朝比奈の姿を赤裸々にとらえたものでもあった。
翌10月24日、朝比奈は大阪フィルを率い、「2001名古屋演奏会」(愛知県芸術劇場コンサートホール)の舞台に立つ。顔面蒼白にして指揮台に立っているのがやっとの体であった朝比奈を前に、楽員は万感の思いを胸に涙して演奏したという。チャイコフスキーの《交響曲第5番》を振り終え、介添えを得て指揮台を降りた朝比奈は、もはや鳴りやまぬカーテンコールに応えることは叶わなかった。大阪フィルを率いて半世紀余り、これが人生最後の舞台となった。翌日の緊急入院は新聞各紙で報道され、2か月余りの闘病生活を送るも、12月29日に93歳の生涯を全うし朝比奈隆は現世に別れを告げた。
1908年(明治41年)東京で生を受け、旧制東京高等学校ではヴァイオリンに親しみ、京都帝国大学(現・京都大学)に進んだ朝比奈。この経歴を生かし、後年政財界などで名を成した同窓生たちを貴重な人脈としたことはよく知られるところである。そしてこの修学時代、京都帝国大学音楽部(現・京都大学交響楽団)在籍中に、ユダヤ系ロシア人指揮者のエマヌエル・メッテルから多大な薫陶を受け、指揮者としての素地を固めた。戦前の日本における西洋音楽の普及と発展の中で指揮者としてのキャリアを磨き、戦後は焦土と化した大阪の地でオーケストラを組織し、また歌劇団を立ち上げ、この両輪の活動のもとに関西楽壇を牽引していった。「『その都市にオーケストラがあれば、オペラもバレエも育つ、楽団員は音大の教師となり、学生は楽団員になる』という自説」(野口幸助著「幸助のステージとーく」)を持ち、その信念に生きた気骨の音楽家であった。
朝比奈は1934年(昭和9年)、本学の前身である大阪音楽学校に奉職し、1937年(昭和12年)に教授に就任。音楽史や美学の講義のほか合唱指揮なども行い、音楽教育者として関西における音楽文化の根幹をなす人材育成に携わった(1978年に名誉教授となる)。1950年代にはオペラと歌舞伎に相通じる様式美を見い出し、武智鉄二演出による歌舞伎調のいわゆる「武智オペラ」を世に問うたほか、「関西は創作オペラのメッカ」と謳われた斬新な創作オペラシリーズを関西歌劇団において展開。また、1963年(昭和38年)より開催された「大阪の秋」国際現代音楽祭では数々の現代音楽を初演し、その振興に大きな足跡を残している。1970年代末より首都圏でも指揮者朝比奈の名声は飛躍的に高まり、聴衆の中には若年層が目立ち始める。これは、朝比奈晩年のコンサートにおける若い世代を中心とした儀式の如き熱狂的なスタンディング・オヴェイションを予兆するものであった。燕尾服に身を包み、美しい白髪に老眼鏡というあの風格ある朝比奈の晩年の出で立ちは、現代社会の中で失われゆく「絶対的な父性」の象徴として聴衆の目に熱く映っていたに違いない。
「愚直」という言葉を好み、常に精進を怠らず、高い教養を備え、最期の時まで音楽への情熱を失わなかった朝比奈隆。若き日にはサッカーに明け暮れ、しゃがれ声ゆえ「ガサ」と呼ばれ、就職した阪急では運転中にヴァイオリンを練習、酒豪にして猫好きなど、実に大らかで人間味溢れる数々のエピソードに事欠かない生涯であった。70歳代末より、コンサート指揮者としてレパートリーを厳選し、ベートーヴェン、ブルックナー、ブラームスなどで表した他の追随を許さぬ懐深い独自の世界。まさにそれは、朝比奈隆という全人格、全人生の縮図そのものであったように思う。
【朝比奈隆 概歴】
1908年
1922年 (14歳) 東京・牛込(現・新宿区)に誕生
1928年 (20歳) 東京高等学校尋常科(中等部)に入学
1931年 (23歳) 京都帝国大学(現・京都大学)法学部入学
1933年 (25歳) 京大卒業後、阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)に入社
1934年 (26歳) 大阪音楽学校(現・大阪音楽大学)に奉職
1936年 (28歳) 大阪音楽学校創立記念音楽会にて指揮者として初の舞台に立つ
1938年 (30歳) 京都帝国大学音楽部(現・京都大学交響楽団)常任指揮者に就任
1940年 (32歳) 新交響楽団(現・NHK交響楽団)を指揮し東京デビュー
1942年 (34歳) 大阪中央放送局(現・NHK大阪放送局)専属指揮者に就任
1943年 (35歳) 当時の大東亜省の委嘱により上海交響楽団の指揮者を務める
1944年 (36歳) 旧満州国にわたり新京(現・長春)の交響楽団、ハルビン交響楽団を指揮
1945年 (37歳) ハルビンで終戦を迎え、難民となるも翌年帰国し指揮活動を再開
1947年 (39歳) 関西交響楽団(現・大阪フィルハーモニー交響楽団)結成
1949年 (41歳) 関西オペラグループ(現・関西歌劇団)結成
1953年 (45歳) 単身初の海外指揮旅行(ヘルシンキ)。1956年にベルリン・フィルに初客演
1963年 (55歳) 「大阪の秋」国際現代音楽祭開催
1972年 (64歳) 大阪フィル第100回定期演奏会でマーラー《千人の交響曲》を指揮
1975年 (67歳) 大阪フィル初の欧州楽旅、翌年同団の音楽総監督となる
1978年 (70歳) 邦人初のブルックナー全交響曲録音を達成、 ジャン・ジャンより発売
1983年 (75歳) 音楽生活50年を記念した演奏会を各地で開く
1984年 (76歳) 関西歌劇団で最後の指揮をとる
1986年 (78歳) ザ・シンフォニーホールにおける「朝比奈隆の軌跡」シリーズ開始
1994年 (86歳) 文化勲章受章
1996年 (88歳) シカゴ交響楽団に客演
1999年 (91歳) 23年振りに大阪音楽大学管弦楽団を指揮
2001年 (93歳) 12月29日永眠、直接の死因は食道癌とされる。31日、近親者のみで密葬
2002年 1月25日、従三位に叙せられる

大阪における最後の
公演を記録したDVD

2002年(平成14年)12月 大阪フィルハーモニー協会発行(朝比奈隆、生涯最後の演奏となったチャイコフスキー《交響曲第5番》を収録したCDが付録として収められた)


2002年(平成14年)

大阪音楽大学の歴史

1月16日 片岡リサ教員(大専修)、平成13年度芸術祭賞新人賞受賞
前年開催の「箏と三絃による 第3回片岡リサ リサイタル」の成果が評価されたもので、史上最年少の新人賞受賞であった

3月4日 西本智実(大卒、現・客員教授)、井原秀人(院修)、ABC音楽賞受賞
エー・ビー・シー音楽振興財団が関西を中心に活動し、将来を期待される新人・中堅音楽家に贈る2001年ABC音楽賞(旧ABC国際音楽賞)の本賞に指揮の西本智実、クリスタル賞にバリトンの井原秀人が選ばれた

3月16日 大学第33回吹奏楽演奏会(アルカイックホール)

スパーク《交響曲第1番「大地、水、太陽、風」》、ムソルグスキー《展覧会の絵》などを演奏。作曲家スパーク本人から演奏を喜ぶメールが届いたという
4月1日 音楽博物館新設 館長 高橋浩子
音楽研究所、楽器博物館、校史史料室、録音室(資料のみ)を統合し、K号館4階に「大阪音楽大学音楽博物館」を新設。4機関の貴重な資料を有効利用し、各機能の効率化と充実を図ることによって学内外へ積極的に情報を発信、公開することになった

4月1日 大学専攻科「作曲専攻 指揮」カリキュラム変更
「合唱指揮」「吹奏楽指揮」を新設、従来の「作曲専攻 指揮」を「オーケストラ・オペラ指揮」とした

4月1日 伊藤富次郎、曽根亮一、竹内良治、上田千鶴子、橋口武仁、高田淳子に名誉教授の称号

4月1日 「演奏員制度」導入
オーディションを経て登録された演奏員により、教学上の演奏要員を確保する制度。演奏員登録はエクステンション・センターの音楽人材登録事業の一環として実施

4月1日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団常任指揮者に山下一史就任
1995年4月より6年にわたり同団を率いてきた飯森親範首席指揮者の退任に伴い、山下一史を3代目の常任指揮者として迎えた

5月 教育研究データベース構築着手
大学の膨大な資料をデータベースに集約し、広く学習や研究に生かすためのプロジェクトを開始。第1次計画では5年後をめどに図書館と音楽博物館の資料を一括して検索できる体制をめざした

9月7日 「第21回日本クラリネットフェスティバル イン OSAKA」

本田耕一教員と本学クラリネットオーケストラ

年に1度、若きクラリネット奏者たちが集う日本クラリネット協会主催のフェスティバルがザ・カレッジ・オペラハウスで開催された。同フェスティバルが大阪で行われるのは13年ぶりで、本学クラリネットオーケストラや卒業生たちが出演した
10月3、4日 第14回選抜学生オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》
デイヴィッド・ハウエル教員が初めて学生オペラを指揮した

10月21日 松浦伸吾(院1)第71回日本音楽コンクール作曲部門第2位入賞
受賞作は自身初の管弦楽作品《裸像》。翌年6月13日、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団が第31回定期演奏会で委嘱作品《深遠な青へと導く奇跡》を演奏

10月29日 音楽博物館開館記念ミュージアム・コンサート/セミナーシリーズ開始
4月に新設の音楽博物館が開館を記念して、所蔵楽器等を用いたミュージアム・コンサート及びセミナーを4回にわたり開催。このシリーズは年に数回、継続して開催していく

第53回ミュージアム・コンサート(尺八とお話し:星田都雨山教員(現・星田一山))

11月1~3日 大学祭「illusion」
視覚効果と音楽の融合・調和がテーマ。大学祭初の全学年の管・打楽器専攻150名による吹奏楽は圧巻であった

チラシ

11月15、17日 20世紀オペラ・シリーズII ブゾーニ《トゥーランドット》
阪哲朗指揮、井原広樹演出による関西初演。ただし、原語のドイツ語でフル編成のオーケストラによる上演は本邦初演であり、オペラファンの注目を集めて両日補助席も出るほどの盛況であった。公演に先立ち9日には、日本におけるブゾーニ研究の第一人者、長木誠司を迎え、ワークショップも開催。演奏、演出とも高い評価を受け、この年の音楽クリティック・クラブ賞と大阪文化祭賞を受賞した

12月6日 大阪音楽大学公開講座「音楽の宝石箱」開催(高槻市立生涯学習センター・音楽博物館)
高槻市立生涯学習センターとの共催で公開講座を行うことになった。初年度は翌年2月7日まで6回にわたり開催し、のべ約210名が受講

田中由也「LET’S SING」


12月16日 「ネットボード・インフォメーション」運用開始
学生向け情報提供システムとして、業務系学内LANを活用し、学内の行事予定や演奏会の日程などを学生に伝える電子掲示板「ネットボード・インフォメーション」の運用が始まり、ぱうぜ1、2階、O号館、K号館の4ヵ所にプラズマディスプレイを設置した
音楽博物館開設
2002年(平成14年)4月、音楽研究所、楽器博物館、校史史料室、録音室の4機関を統合し、新たに「音楽博物館」を開設することとなった。
これまで独立組織として稼動してきた4機関であったが、21世紀に向けてさらなる発展を図るには、各機関単独ではそれぞれに一長一短があった。音楽研究所は1966年(昭和41年)設立の「音楽文化研究所」が水川記念館(現・K号館)開館の際に新設された5研究室とともに1981年(昭和56年)に発展改組されたものだが、1998年(平成10年)3月末をもって実験系の4研究室(音楽音響研究室、音楽教育研究室、音楽生理研究室、現代音楽研究室)が研究を終結、資料系の2研究室(音楽文化史研究室・民族音楽研究室)を残すのみとなっていた。また研究に重点を置くことで、日常的な資料の一般公開には対応しづらい状態が続いていた。一方、楽器博物館は1967年(昭和42年)に水野佐平寄贈の邦楽器コレクションを主体に「楽器資料室」を設置以来、徐々に収蔵楽器を増やし、一般にも無料で公開してきた。しかし博物館としての研究機能を充分に果たすことができないままであった。校史史料室は1989年(平成元年)に設立以来、本学の様々な記録資料を数多く収集していたが、音楽文化史研究室の収集資料との重複も見られた。録音室は音楽音響研究室の研究施設として作られたが、当該研究室の閉室に伴い、本来の活動が停止し、もっぱら教員や学生への録音サービスが中心業務になっていた。
まずは音楽研究所と楽器博物館の統合計画が浮上、2000年(平成12年)より両機関で合同会議を開いて討議を重ねたが、途中、校史史料室と録音室も統合の対象となった。状況を改善し、時代のニーズに対応し得る組織となるには、統合によって各機関の持つ利点及び研究成果・収集資料を共有することで互いを補い合う必要があるとの結論に達した。録音室については録音サービス業務を別部署が管理の上、資料のみ統合することとした。この資料は昭和30年代からの本学の演奏活動記録で重要な校史史料であり、朝比奈隆、人間国宝菊原初子の両名誉教授の指揮、演奏などの記録も含む関西音楽史としても貴重な資料である。
統合を見据えて同年11月には両機関初の合同企画として、音楽研究所第1回公開講座「懐かしいリードオルガンの世界─その存在意義について」を楽器博物館で開催した。楽器博物館第51回レクチャー・コンサートも兼ねたものであった。(年表2000年11月3日参照) 翌2001年(平成13年)、教員対象に新組織にふさわしい名称を公募した結果、「音楽博物館」と決定。この新しい名称のもとに、学内外に開かれたサービス機関としての機能を強化し、積極的な情報発信及び種々のレファレンスにも対応していく学内唯一の研究機関として再スタートすることになった。尚、この統合により、各機関がそれぞれに管理していた膨大な資料を一元管理できるようになり、学内で進められていた教育研究データベースの構築により、音楽博物館の資料も2004年度(平成16年度)よりオンラインによるデータ検索が可能となった。

音楽博物館の概要は以下の通り。
<研究・資料収集領域>
(1)「世界の楽器と音楽」(2)「関西の洋楽史」(本学校史を含む)(3)「関西の伝統音楽」

<所蔵資料>(2002年4月現在)
  • 楽器:約2,300点
  • 書籍:約10,000点
  • 視聴覚資料:約6,000点
  • 関連研究領域の論文等:約5,000点
  • 関西の民俗音楽に関する一次資料:約14,000点
  • 関西洋楽史に関する一次資料:約250,000点
  • 本学の歴史に関する資料:約60,000点

音楽博物館リーフレット (2002年発行)

平成14年度 特別講義・学生による秋の演奏会
特別講義

伊藤京子(4月26日
声楽)

ロバート・ヴァン・サイス(5月9日
マリンバ)

カナディアン・ブラス(5月22日
金管)

カーティス・パターソン
サム・ハミル
クリストファー・ブレイズデル(5月22日
筝)

マルティヌー弦楽
四重奏団(5月28日
ピアノ)

辛島文雄トリオ(5月29日
ジャズ)

三枝成彰(6月24日
作曲)

ベン・ヴァン・ダイク(7月8日
バストロンボーン)

千原エイサー(7月15日
楽理)

シュテファン・ゲンツ(10月8日
大学院)

ユージン・インジック
(11月5、6日ピアノ)

ナタリー・シュトゥッツマン
(11月13日声楽)

ローラント・ケラー
(11月26、27日ピアノ)

ルイス・ナッシュ
(11月26日打楽器)

ジュリアン・ランドン
(12月3日音楽療法)

ドナルド・ハンスバーガー
(12月4日吹奏楽)

当年度は、この他に以下の特別講義・公開レッスンを開催。
  • 6月19日:明石昌夫(音楽産業)
  • 10月28日:ハンス=ユルゲン・フォン・ボーゼ(作曲)
  • 10月30日:土岐英史・早間美紀カルテット(ジャズ)
  • ’03年2月17日:打楽器の構造とメンテナンスについて
秋の演奏会

第16回新作展(10月23日)

第14回
ザ・コンチェルト・コンサート(10月26日)

第13回
ザ・カレッジ・コンサート
(10月29日)

第2回ザ・カレッジ・
アンサンブル・コンサート
(10月31日)

第9回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート
(11月19日)

第9回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(11月20日)

第25回邦楽演奏会(11月22日)

第17回
ピアノ・グランド・コンサート(11月28日)

第45回定期演奏会(12月7日)

短期大学部
第11回定期演奏会(12月19日)

第16回新作展

第14回
ザ・コンチェルト・コンサート

第13回
ザ・カレッジ・コンサート

第2回ザ・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第9回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第9回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート

第25回邦楽演奏会

第17回
ピアノ・グランド・コンサート

第45回定期演奏会

短期大学部
第11回定期演奏会

2002年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演
年表に掲出の20世紀オペラシリーズII ブゾーニ《トゥーランドット》が2002年度音楽クリティック・クラブ賞と平成14年度大阪文化祭賞(第3部門=洋舞・洋楽)のダブル受賞の栄に浴した。各賞の受賞理由は次の通り。
「2002年度音楽クリティック・クラブ賞」
コメディア・デラルテ(イタリアの仮面即興喜劇)調のドタバタ喜劇を狙ったブゾーニの意図は井原広樹の演出によく生かされていた。阪哲朗の指揮も表現主義的要素や異国趣味といった多彩な音楽に対応しつつ、生き生きとした喜劇に巧く纏め上げた。見事な上演は、これらに加えて、題名役の小西潤子をはじめとするアンサンブル、ワークショップを含めた企画制作などザ・カレッジ・オペラハウスの総合力の賜物
「平成14年大阪文化祭賞」
公演は原語による本格的なオペラ公演として関西初演と同時に日本初演の記録を残した。今回の公演が最も高く評価された点は、演出、指揮、出演者、スタッフ挙げての生き生きとした舞台展開もさることながら、ブゾーニの喜劇を現代に生きる舞台として創り上げることに成功したザ・カレッジ・オペラハウスならではの舞台制作のすばらしさの成果
その他の公演は以下の通り。
3月15日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第27回定期演奏会
指揮には初の客演となるゲルハルト・ボッセを招いた。前年4月に新コンサート・ミストレスに起用され、1年間ゲスト・コンサート・マスターのもとで研鑽を積んだ赤松由夏がオペラハウス主催公演のデビューを果たした

5月14日 コンサート・オペラ・シリーズ8 マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》(ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第28回定期演奏会)

5月27日 室内楽シリーズ 宗倫匡と仲間たち4
2年ぶりとなるシリーズ4回目は「ベートーヴェン特集」と銘打ち、あまり演奏される機会のない初期の作品群にスポットをあてた

6月7日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第29回定期演奏会
第3代常任指揮者に就任した山下一史の就任披露公演

7月13、14日 サマー・オペラ 新モーツァルト・シリーズIV《魔笛》

当シリーズの最終回。関西では珍しく、台詞も原語で上演した。演出の中村敬一教員は、「お伽と神秘の物語をモーツァルトの生きた時代とその200年後の現代に投影して謎を解く」として、舞台を200年前の宮廷劇場~オペラハウスに設定した。横浜シティオペラとの提携による共同制作で、大道具と衣裳は横浜でも使用された

9月20日 ヴォルフガング・シュッツ&マティアス・シュルツ フルート・リサイタル

10月11日 深井碩章 ヴィオラ・リサイタル

10月22日 第2回推薦リサイタルシリーズ 尾崎比佐子 ソプラノ・リサイタル

11月25日 ローラント・ケラー ピアノ・リサイタル

12月23日 第3回合唱作品シリーズ
当回よりオペラハウス定期演奏会を「合唱作品シリーズ」という名称で開催

モーツァルト
《モテット「歌え、喜べ、
幸いなる魂よ」》

サン=サーンス
《クリスマス・オラトリオ》

モーツァルト
《ミサ曲「戴冠式」》

関西音楽の歴史

2月7日 故・朝比奈隆 お別れの会(ザ・シンフォニーホール)
前年12月に死去した朝比奈隆の送別セレモニーで、大阪フィルハーモニー交響楽団を子息の朝比奈千足が指揮し、生前よりの希望であったベートーヴェン《交響曲第7番》の第2楽章を献奏。関係者や一般など約3000人が参会し献花が行われた

4月4日 岸和田市立浪切ホール 開館
岸和田市市制施行80周年記念事業の一環として大・小からなるホールを建設。大ホールは日本伝統芸能の上演を前提として設計され、電動昇降式の花道を設備する全国的にも珍しい公共施設となった

大ホール(パンフレットより)

4月10~24日 第44回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
開幕としてドレスデン国立歌劇場管弦楽団が来演。歴史ある当フェスティバルでの初上演となった團伊玖磨《夕鶴》(現田茂夫指揮、鈴木敬介演出、京都市交響楽団)は、大阪初演50周年記念にして作曲者の1周忌公演となり、衆目を集めた。気鋭の長岡京室内アンサンブル公演や、モーリス・ベジャール・バレエ団による閉幕公演も評判となった
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

《夕鶴》つう:釜洞祐子、与ひょう:小林一男

モーリス・ベジャール・
バレエ団《少年王》

6月8、9日 関西歌劇団第81回定期公演 チャイコフスキー《エウゲニ・オネーギン》(アルカイックホール)
西本智美指揮、イリーナ・コシェーレヴァ演出、大阪センチュリー交響楽団、関西歌劇団合唱部、法村友井バレエ団
マリインスキー劇場との提携制作。ロシアで研鑽を積んだ西本智美の指揮も話題を呼んだ

7月10日 おおさか・元気・クラシック 初開催(NHK大阪ホール)
大阪府などの主催により、クラシック音楽振興を目的として在阪4つのプロ・オーケストラの公演を低料金で開催する企画。初年度は、「大阪ゆかりの若手指揮者」、「関西の若手ヴァイオリニスト」、「オペラ」の3シリーズが開催され、多彩な親しみやすい内容で盛況となった。当企画は2005年度(2006年3月)まで継続
10月26、27日 関西二期会第57回オペラ公演 水野修孝《天守物語》関西舞台初演(アルカイックホール)
現田茂夫指揮、栗山昌良演出、大阪センチュリー交響楽団、関西二期会合唱団
泉鏡花の戯曲に基づき、元来テレビ・オペラ(1977年、NHK)として制作された作品。オペラ舞台版による関西初演であった

関西二期会提供『関西二期会創立50周年記念誌』より

10月26、27日 びわ湖ホール プロデュースオペラ ヴェルディ《エルナーニ》本邦初演(びわ湖ホール大ホール)
若杉弘指揮、鈴木敬介演出、京都市交響楽団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、東京オペラシンガーズ
原作者ヴィクトル・ユゴー生誕200年を記念しての上演で、当オペラの全4幕完全上演としての本邦初演であった
11月1日 大阪市中央公会堂 リニューアル・オープン
ネオ・ルネサンス様式による大正時代の建築として名高い同公会堂が、老朽化に伴い1999年3月より開始された耐震補強などの改修工事を経て再オープンを果たした。同年12月26日、国の重要文化財に指定
11月15、17日 ザ・カレッジ・オペラハウス 20世紀オペラ・シリーズII ブゾーニ《トゥーランドット》関西初演(ザ・カレッジ・オペラハウス)
阪哲朗指揮、井原広樹演出、オペラハウス管弦楽団・合唱団
1980年代より再評価の機運が高まっていた近代作曲家ブゾーニの珍しいオペラ上演で、音楽学者の長木誠司は「活き活きとしたコンメーディア・デッラルテ風の舞台を実現」と称賛した(コンメーディア・デッラルテ=イタリア発祥の仮面即興喜劇)。公演の成果により、第23回(2002年度)音楽クリティック・クラブ賞本賞と平成14年度大阪文化祭賞を受賞


2003年(平成15)

大阪音楽大学の歴史

1月16、23日 ザ・カレッジ・オペラハウス、音楽クリテッィク・クラブ賞・大阪文化祭賞本賞受賞
ザ・カレッジ・オペラハウスが前年の《トゥーランドット》の公演成果により相次ぎ受賞、贈呈式がそれぞれ行われた

平成14年度大阪文化祭賞贈呈式
磯村隆文大阪市長より表彰されるプロデューサーの高橋浩子教員
1月18日 合唱演奏会
従来、合唱授業の学内的な発表会として開催してきたが、大学・短大合同で学外へも広めていく本格的な演奏会をめざした初の企画であった

3月11日 大阪府立池田北高等学校と連携協定締結
本学初の「高大連携」として、音楽コースのある大阪府立池田北高等学校と協定を結んだ。同校3年生が2003年度前期短大の音楽史の授業を聴講できることになった

4月15日、短大1年生とともに初の授業を受ける池田北高校生徒たち。男子2名、女子5名の3年生7名が受講した。科目は高橋浩子教員担当の短大音楽史「世界と日本の音楽を考える」(火曜日4限)であった​
3月14日 大学第34回吹奏楽演奏会(ザ・シンフォニーホール)
2003年度全日本吹奏楽コンクール課題曲に選ばれた松浦伸吾(院1)《ベスト・フレンド》、「第12回朝日作曲賞」受賞の高昌帥(大卒、現・教員)への委嘱作品《ウインド・アンサンブルのためのコリアン・ダンス》などを演奏

3月31日 付属音楽学園閉園
昭和32年に児童音楽学園として開設以来、一貫して幼児・児童への早期音楽教育を行って来た付属音楽学園が付属音楽院への改組転換に伴い、46年の歴史に幕を閉じた

4月1日 付属音楽院開設 音楽院院長に大前育子就任
幼児(4歳)から社会人まで幅広い年齢層を対象とした「音楽生涯学習の場」を提供することを目的に4月12日開講。4月5日にオペラハウスでオープニング・コンサートを開催

オープニング・コンサート

初開講となる4月12日には26講座、33の個人レッスンが行われた

初級リコーダー合奏

ソルフェージュ

4月1日 新奨学制度発足
学生の積極的な勉学を支援し、優れた学修成果を賞するものとして、新たに短期学外研修(国内・国外)、音楽社会活動賞、卒業時の優勝賞の奨学制度を設けた

4月1日 矢野蓉子、堀陽に名誉教授の称号

4月1日 図書館、キーボードによる検索システム導入

前年度より進めていた教育研究データベース構築作業により一部資料の検索が可能となり、当年度よりキーボードによる検索システムを開始することになった。データベース完成までは、従来の図書カードによる検索との併用であった
6月4日 音楽博物館ワークショップ「古典ピアノを弾いてみよう」
音楽博物館が展示室で初のワークショップを開催。ピアノ専攻1~3年生の10名が受講、中村展子教員の指導で、博物館所蔵の古典ピアノを試奏した

6月23日 自己点検評価統括委員会設置
学校教育法の一部改正による次年度からの認証評価制度施行に向けて、教授会のもとに同委員会を設置。新たな組織を構築し、体制を整備した

7月5、6日 サマー・オペラ モーツァルト・シリーズI《フィガロの結婚》
指揮山下一史・演出岩田達宗の新コンビによるモーツァルト・シリーズを開始。岩田の演出は“人間が主役の室内劇”として、説明的・装飾的な大道具や小道具を排し、客席にせり出した円形の傾斜舞台で歌手に演唱させ、“人間”を前面に押し出した。モーツァルト4大オペラを1つの物語に見立て、《フィガロの結婚》を19世紀、《ドン・ジョヴァンニ》を20世紀前半、《コジ・ファン・トゥッテ》を1940年以降、《魔笛》を未来と位置づけた。セットは4作全ての上演を想定して設計。シングル・キャストで連日公演という近年の日本オペラ界の常識を覆す試みであった。この公演から研修生制度を導入

8月20~23日 音楽院「夏期セミナー」
「ピアノ」をテーマに、音楽院が初の夏期セミナーを開催。著名なピアニスト、ルドルフ・マイスターによる公開レッスン、講演、コンサートの他、本学教員によるピアノ演奏診断、シンポジウムなど多彩な内容であった

R.マイスター公開レッスン

本学教員によるシンポジウム

10月1、2日 第15回学生オペラ《魔笛》
当年度より名称を変更。森が鉄骨の立方体、木々がカラフルなルービックキューブという舞台セットであった

10月15日 「大学コンソーシアム大阪」発足
大阪府内国公私立47大学を会員とする「大阪府内大学学長会」が組織としての発展を図るため、「大学コンソーシアム大阪」と改称し、より活発な事業展開で大阪の大学をアピールしていくことになった

10月31日~11月2日 大学祭「興しやす。」
まち興しにもつなげようと、初の試みとして庄内WEST商店街で近隣住民にも参加を呼びかけた。2日目は商店街で学生20名によるマーチング・パレードを行った

マーチング・パレード

なにわ楽舞会による雅楽

チラシ

11月7、9日 20世紀オペラ・シリーズIII 松村禎三《沈黙》
シリーズ第3弾は日本の20世紀オペラから《沈黙》を取り上げた。遠藤周作の同名小説をもとに、作曲者松村自ら台本を手がけ、13年の歳月をかけて完成した作品で、山下一史指揮、中村敬一教員演出による関西初演。公演は「まさに記念碑的な上演」(小石忠男/11月17日 日本経済新聞夕刊)など高く評価され、前年に引き続き、この年の音楽クリティック・クラブ賞と大阪文化祭賞グランプリをダブル受賞した

チラシ裏

11月10日 第1回ミレニアム・スチューデント・コンサート
ミレニアムホールを活用して学生たちの自主企画によるコンサートを開催することになった。出演者はオーディションにより選抜(大学院生、ミュージカル、ポピュラー・ボーカル、電子オルガン、ジャズの各コース学生は除く)。

12月12日 学長選挙 西岡信雄を3選
付属音楽院開設
2003年(平成15年)4月1日、本学は付属音楽学園を改組転換し、付属音楽院を開設した。付属音楽学園は1957年(昭和32年)に児童音楽学園として開設、1966年(昭和41年)に付属音楽学園と改称したが、創立者永井幸次がめざした音楽の早期教育を実践すべく46年間、一貫して幼児から高校生を対象に、基礎的音感教育、情操教育を中心に行ってきた。しかし時代とともに“音楽”という言葉の持つ概念が多様化し、音楽の享受方法も多様化する中、音楽をグローバルに捉えていく必要があるとして、「個人の趣向や時流と共に変化する“音楽”と真正面から向き合い、音楽と生涯を通して付き合うことのできる場をめざす」という理念のもと、付属音楽院を設立した。
これまでの幼児・小学生などを対象とした音楽の基礎作りから音楽大学進学へのサポートはもちろん、生涯学習の時代にあって、音楽を「いつからでも始められる」「どこまでも学ぶことができる」ものとして受講生の年齢層を広げ、内面的な“裕かさ”を追及する人々にも音楽を楽しみながら学ぶ機会を提供することになった。特に“音楽との対話”を大きな柱にするとして、合奏・合唱などアンサンブルの講座も充実させた。また、主に社会人や卒業生を対象とする公開講座や講義系講座も音楽院オープン企画として開講した。
2003年3月末日をもって音楽学園は閉園したが、音楽学園が行っていた「音楽基礎科目到達度テスト」「受験講座」「短大進学実技適性テスト」はアドミッション・センターが引き続き行うことになった。音楽院は音楽学園で蓄積された経験を生かすとともに、本学の付属機関であることのメリットを最大限に生かしつつ、指導内容と指導領域については将来を見越した社会ニーズに適合したものをめざしていくこととなった。
平成15年度 特別講義・学生による秋の演奏会
特別講義

アンドレ・アンリ(4月28日
トランペット)

フィル・ウッズ/エリック・ドニー(5月15日ジャズ)

赤西正光(歯科医)(5月22日
管楽器奏者のための「歯」)

パスカル・モラゲス(6月17日
クラリネット)

辛島文雄トリオ(7月3日
ジャズ)

カルロス・ガッラルド(7月8日
ピアノ)

明石昌夫
(7月9日音楽産業)

マクサンス・ラリュー
(10月14日フルート)

三和睦子
(10月22日楽理)

スティーブン・ローチ
(11月5日歌曲・オペラ伴奏法)

ミシェル・アリニョン
(’04年1月27日クラリネット)

吉田友則
(ヤマハ打楽器製作担当者)
(’04年2月18日鍵盤打楽器の構造とメンテナンス)

当年度は、この他に以下の特別講義・公開レッスンを開催。
  • 6月21日、7月5日:青柳いずみこ(大学院ピアノ)
  • ’04年2月23日:永井和子(教授退任特別記念)
学生による秋の演奏会

第14回
ザ・カレッジ・コンサート
(11月11日)

第3回ザ・カレッジ・
アンサンブル・コンサート
(11月13日)

第10回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート(11月14日)

第15回ザ・コンチェルト・
コンサート(11月17日)

第10回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート
(11月18日)

第17回新作展(11月19日)

第26回邦楽演奏会(11月21日)

短期大学部
第12回定期演奏会(11月22日)

第18回
ピアノ・グランド・コンサート(11月25日)

第46回定期演奏会
(ザ・シンフォニーホール)
(12月5日)

第14回
ザ・カレッジ・コンサート

第3回ザ・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第10回ジュニア・カレッジ・
ソロ・コンサート

第15回ザ・コンチェルト・
コンサート

第10回ジュニア・カレッジ・
アンサンブル・コンサート

第17回新作展

第26回邦楽演奏会

短期大学部
第12回定期演奏会

第18回
ピアノ・グランド・コンサート

第46回定期演奏会
(ザ・シンフォニーホール)

2003年 ザ・カレッジ・オペラハウス主催公演
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団創立15周年と同合唱団創立10周年の記念すべき年に、年表掲出の20世紀オペラシリーズIII 松村禎三《沈黙》が2年連続の音楽クリティック・クラブ賞と大阪文化祭賞のダブル受賞という快挙をもたらした。サマー・オペラは神戸出身の若手演出家岩田宗達を迎え、新演出によるモーツァルト・シリーズを開始。シングル・キャストで連日公演という試みも注目を集めた。前年度から推薦リサイタルと改称した公募によるリサイタルは年に1回から4回に増やして開催することになった。
年表掲出のサマー・オペラ モーツァルト・シリーズI《フィガロの結婚》以外の主催公演は以下の通り。
4月18日 コンサート・オペラ・シリーズ9 レオンカヴァッロ《パリアッチ》 (ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第30回定期演奏会)
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団創立15周年、同合唱団創立10周年記念演奏会

6月13日 ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団 第31回定期演奏会
ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団創立15周年記念演奏会。前年の第71回日本音楽コンクール作曲部門第2位に入賞した松浦伸吾(院2)への委嘱作品《深遠な青へと導く奇跡》を山下一史の指揮で初演。山下は松浦を「数少ない本物の作曲家の一人」と評した

作曲の松浦伸吾(左)と
指揮の山下一史

6月18日 室内楽シリーズ パスカル・モラゲス&アマティ弦楽四重奏団によるクラリネット室内楽の愉しみ

7月10日 第3回推薦リサイタルシリーズ 平岡洋子 フルート・リサイタル

7月15日 安永徹&市野あゆみ デュオ・コンサート

10月17日 第4回推薦リサイタルシリーズ 女声2声によるオペラ

10月24日 第5回推薦リサイタルシリーズ 芹澤佳司 ピアノ・リサイタル

11月7、9日 20世紀オペラシリーズIII 松村禎三《沈黙》(年表にも掲出)
京都出身の松村禎三は関西初演に際し東京から駆けつけ、ゲネプロ(最終統括練習)に立ち会って精力的に指導を行った。8日にはオペラハウスロビーにおいて、その松村をゲストに中村孝義館長の司会でワークショップを開催、指揮の山下一史、演出の中村敬一教員、プロデューサーの高橋浩子教員が出席した。松村は「人間が神に直接ぶつかっていく究極的なテーマに心を打たれ、何としてもオペラにしようと思った」と遠藤周作の原作に感銘を受け、完成まで13年を費やした作品への情熱を語った

(左)ゲネプロ(最終統括練習)、(中)ワークショップ、
(右)カーテンコール

12月23日 第4回合唱作品シリーズ

ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団創立15周年、同合唱団創立10周年記念演奏会。開演前にロビー・コンサートを行い、クリスマス・ツリーの前で管弦楽団メンバー、合唱団が室内楽やクリスマス・ソングを演奏した

ロビー・コンサート

関西音楽の歴史

2003・2004年定期演奏会(パンフレット表紙)

4月 大植英次 大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督就任 故・朝比奈隆の後継として同団の音楽監督に大植英次が就任(2012年4月より桂冠指揮者)、楽壇の注目を集めた。新体制となった同団は、定期公演会場を従来のフェスティバルホールよりザ・シンフォニーホールへと移し(2014年3月まで)、2日間公演とした
4月2~27日 第45回大阪国際フェスティバル(フェスティバルホール)
ロリン・マゼール率いるバイエルン放送交響楽団公演で開幕。京都市交響楽団と共演した佐野成宏(Ten)による「オペラ・アリア・コンサート」をはじめ、同響の伴奏によるヴォルフガング・シュルツ(Fl)と吉野直子(Hp)の競演、2年連続出演となった長岡京室内アンサンブルによる公演、「若きモーツァルトの恋」と銘打った関西のオーケストラ奏者を中核とした特別編成アンサンブル公演(井上道義指揮・構成)など、地元志向による企画が中心を成した
(公財)朝日新聞文化財団・(株)朝日ビルディング提供
『永遠の響き~フェスティバルホールの半世紀』より

ロリン・マゼール指揮
バイエルン放送交響楽団

ヴォルフガング・シュルツ(Fl)と
吉野直子(Hp)

4月13日~11月30日 「聖響 新世紀浪漫派」開催(ザ・シンフォニーホール)
当年度より大阪センチュリー交響楽団の専任指揮者に就任した金聖響による19世紀ロマン派の交響曲を中心とした公演シリーズ。当シリーズや定期公演などで、ピリオド奏法(楽曲が作曲された当時の演奏スタイル)に積極的に取り組んだ

4月18日 グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ 関西初公演(ザ・シンフォニーホール)
1986年、クラウディオ・アバドにより創設された欧州各地の選抜若手奏者によるユース・オーケストラ。ピエール・ブーレーズ率いる初来日で鮮烈な演奏を行った
5月23日 サントリー音楽財団コンサート2003「TRANSMUSIC」初開催(いずみホール)
同財団が1986年から前年まで18回にわたり開催した現代邦人作曲家の「室内楽個展」の後継企画。新世代の作曲家と特別ゲスト・アーティストとの対話を交えた新しいタイプのトーク・コンサートで、第1回は作曲家の猿谷紀郎とメディア・アーティストの岩井俊雄を迎えて開催された

平成15年7月1日 関西音楽新聞より

5月31日、6月1日 ジュゼッペ・ヴェルディ歌劇場 関西初公演(びわ湖ホール大ホール)

イタリアの都市トリエステのオペラ・ハウスの初引越し公演で、ロッシーニ《タンクレディ》の本邦初演などを行った。翌月にはシチリア島のベッリーニ大劇場が初来日。イタリアの地方オペラが魅力的な舞台を披露した。また、2005年にはサン・カルロ歌劇場(6月)、2006年にはローマ歌劇場(9月)、2007年にはパレルモ・マッシモ劇場(6月)といったイタリアの名門オペラ劇場がびわ湖ホールに相次ぎ来演し、各々関西初公演を行った
8月6日 関西元気文化圏推進協議会設立
文化庁長官であった河合隼雄の提唱による関西文化の活性化を目的とした「関西元気文化圏」構想を推進するため、文化庁、関西の自治体、経済団体、企業、マスメディアなどからなる同協議会が発足した

9月2日 指定管理者制度施行

9月6日~11月24日 「夭折の音楽家 貴志康一の世界」展(芦屋市立美術博物館)
甲南学園貴志康一記念室所蔵による直筆譜の展示をはじめ、絵画や脚本・監督を務めた短編映画「春」の上映など、貴志康一の多才な軌跡をたどる企画展となった
10月6日~12月26日 文化庁舞台芸術国際フェスティバル 関西初開催
日本文化の海外発信と国際交流推進を目的として前年に東京で初開催され、第2回目となる当年は「関西元気文化圏構想」の共催事業として関西でも行われた。「アジア・オーケストラ ウィーク」、「舞踊とオーケストラの饗宴」、「西風のコンチェルト」、「アジアのスーパー・ガラ・コンサート」、「『鐘の音』~管弦楽で綴る鐘の響き~」、「ポップアジア2003」などの公演が関西圏のホールで繰り広げられた

11月7、9日 ザ・カレッジ・オペラハウス 20世紀オペラ・シリーズIII 松村禎三《沈黙》関西初演(ザ・カレッジ・オペラハウス)
山下一史指揮、中村敬一演出、オペラハウス管弦楽団・合唱団、ころぽっくる合唱団
1993年に東京で初演され、神の存在と信仰の意義を問うた力作にして日本オペラの新傑作の誕生と称賛された松村禎三の《沈黙》を関西初演。公演の成果により、第24回(2003年)音楽クリティック・クラブ賞本賞、平成15年度大阪文化祭賞グランプリの両賞を受賞し、当オペラハウスの邦人作品上演における力量と評価を決定付けた。2005年9月、東京の新国立劇場における新企画「地域招聘公演」の第1号として同プロダクションの引越し公演が行われ、翌10月には「第36回オペラ公演20世紀オペラ・シリーズ」として本拠地ザ・カレッジ・オペラハウスで再々演。この再々演の成果により、平成17年度文化庁芸術祭大賞を受賞した

11月29、30日 びわ湖ホール プロデュースオペラ ヴェルディ《シチリアの夕べの祈り》本邦初演(びわ湖ホール大ホール)
若杉弘指揮、鈴木敬介演出、京都市交響楽団、びわ湖ホール声楽アンサンブル、東京オペラシンガーズ
びわ湖ホール開館5周年記念として上演
大阪フィルに新リーダー就任
その強力な目力。実に表現豊かな渾身の棒さばき。正しく指揮者になるべくして生まれてきたような独特のオーラと人情味。大植英次はそれらを一身に備え、2003年4月、朝比奈隆亡き後の大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督に迎えられた。その前年4月に人事が内定されるや、様々な紹介記事が主要日刊紙の紙面に踊った。
1956年(昭和31年)広島で誕生、桐朋学園大学で齋藤秀雄に指揮を学び22歳で渡米。タングルウッド音楽祭でレナード・バーンスタインに師事、後に助手を務める。ペンシルヴァニア州の地方オーケストラ、エリー・フィルハーモニック音楽監督(1991-1995)、次いで歴史あるミネソタ管弦楽団音楽監督(1995-2002)を務め、コンサートのみならず学校巡回やボランティアなどのアウトリーチも積極的に行い、広く市民から愛された。
ミネソタ管を退任する大植に大阪フィルが音楽監督就任を打診したのは、まさにその壮年活発な行動力と地域社会に溶け込む才覚を大いに買ってのことだった。実のところ、大植が音楽監督就任以前に大阪フィルに客演したのは、95年5月、96年6月の2回を数えるのみ(共にマーラーの交響曲を指揮)。この僅かな共演にして、楽団との相性がいかに良好なものであったかが窺い知れよう。
大阪フィル側も新しい音楽監督を迎えるにあたり、2003年度(平成15年度)より定期公演会場を従来のフェスティバルホールよりザ・シンフォニーホールへと移し、2日間公演とするなどの英断を下した。大植の音楽監督就任披露公演となったのは第368回定期演奏会(2003年5月9、10日)で、「朝比奈隆の火が新たに燃え上がる」という意味合いも込めてマーラーの《交響曲第2番「復活」》を指揮。数々の批評家より高評価を得た。就任翌年には定期演奏会におけるオペラ公演(演奏会形式)をはじめ、2006年(平成18年)には大阪城西の丸庭園での「星空コンサート」や、大阪御堂筋周辺の店舗やショールームなどで開催する「大阪クラシック」をプロデュース。伝統ある大阪フィルの次代を切り拓くニュー・リーダーとして、また新たな聴衆の開拓者として、「大植効果」を見事に発揮することになる。
大植が指揮者として日本でプロ・デビューを果たしたのは1985年(昭和60年)8月。被爆40周年を記念し「平和記念コンサート」として広島で開催された、バーンスタイン率いるECユース・オーケストラ公演に同行してのことだった。以来、米国を中心に世界的に活躍し、「いつか日本に恩返しを」願っていたという大植。その念願の地として定めたのは、ほかならぬこの大阪だった。

音楽監督就任披露公演となった
第36回定期演奏会チラシ
関西元気文化圏構想
戦後日本の高度経済成長と共に花開いた大阪国際フェスティバル。そして大阪万博におけるエキスポ・クラシックスを一つの頂点として1970年代には著名海外演奏家が続々と来演し、大阪フィルハーモニー交響楽団や関西歌劇団をはじめとする地元音楽家たちの熱意ある活動も交え、関西楽壇は大いなる活況を呈していった。1980年代初頭にはクラシック音楽専用の大ホールとして日本初となるザ・シンフォニーホールが建設されるなど、大阪は民間主導による先取の気概を決して失わぬ文化都市であった。しかし、東京一極集中化に伴う文化的牽引力の低下、バブル崩壊による景気の低迷、更に1995年(平成7年)に起こった阪神・淡路大震災は関西経済に打撃を与え、関西楽壇もその影響を免れることはなかった。
21世紀を迎えても関西における文化的な回復の兆しが見えぬ中、2003年(平成15年)3月、時の文化庁長官であった河合隼雄が、東京一極集中是正に向けて関西の和洋様々なジャンルの文化の力で日本に活力を与えることを目指す「関西元気文化圏」構想を発表。8月にはこの構想を推進するため、文化庁、関西の自治体、経済団体、企業、マスメディアなどからなる「関西元気文化圏」推進協議会が発足した。この協議会発足に先立ち、6月には「関西元気文化圏」参加事業の募集が開始され、同月には事業登録第1号として劇団四季によるミュージカル《アイーダ》の本邦初演となる大阪公演(同年12月開催)が決定した。
この他、同年開催された「関西元気文化圏」の主だった音楽関連事業としては、9月から12月にかけて関西のホールを主会場として開催された「文化庁舞台芸術国際フェスティバル」(前年に文化庁主催により東京で初開催)や、11月に開催された「国際文化フォーラム」(びわ湖ホール中ホール)がある。このフォーラムでは、ウィーン国立歌劇場総監督であったイオアン・ホレンダーによる「オペラ - 今日の一過性のイベントの対極としての総合芸術作品」と題した基調講演や、初代びわ湖ホール芸術監督で指揮者の若杉弘らが出席した「オペラ・都市・社会」をテーマとしたパネル討論会が行われた。当時、本学教員でザ・カレッジ・オペラハウス館長であった中村孝義が司会進行を務め、参会したオペラに携わる国内外の第一人者らはオペラの社会的意義について真摯な論議を交わした。
また、この「関西元気文化圏」のプロジェクトに則り、従来関東と関西で格差のあった文化庁芸術祭の参加期間が当年度(平成15年度)より統一され、更には関東と関西でそれぞれ別個に芸術祭賞の選考が行われることとなった。更に、「文化を通じて関西から日本を明るく元気にすることに貢献した人・団体」を対象とした「関西元気文化圏賞」が制定され、平成15年度の初受賞者として人形浄瑠璃文楽と阪神タイガース