〈レビュー〉第37回学生オペラ「コジ・ファン・トゥッテ/恋人たちの学校」

オーボエ・ソロの伸びやかな旋律から始まる序曲から舞台の幕が開くと、そこはプリズム光線がまばゆい現代の“クラブ”のような空間(演出ノートによるとバーレスクでのバチェラー・パーティーとのこと)。そこではフェランド(Ⅰ幕 山澤奏仁〈大学3年〉・Ⅱ幕 野勢真稔〈大学4年〉)とグリエルモ(出演者体調不良による降板のため全幕 仲田尋一〈演奏員〉)とドン・アルフォンソ(島羽槻〈大学3年〉)の男3人による「女は浮気をするか?」という他愛もない、しかし全時代的に通用する話題で盛り上がっている。やがてフェランドとグリエルモはお互いの恋人を賭けの対象にしてしまう。三重唱はそれぞれのキャラクターが見えつつ、今後の物語の行方も暗示させる楽しい時間だった。なおこの場面では、田中勉・田中由也の両教授が給仕としてカメオ出演しており、それに気づいた客席からは忍び笑いがこぼれていた。

バチェラーパーティー

一方で、賭けの対象にされたフィオルディージ(Ⅰ幕 山田美樹〈大学院2年〉・Ⅱ幕 久保美琴〈大学院2年〉)とドラベッラ(Ⅰ幕 𠮷本妃菜〈大学4年〉・Ⅱ幕 梅本歩佳〈大学4年〉)の姉妹は教会前で恋人たちを待っている。息ぴったりの二重唱は聴いていて心地よい。歌唱の合間にはスマホで自撮りをしたりなんかしていて、いかにも現代の女性という意外性のある時代設定がおもしろかった。


続く場面はダ・ポンテの台本だと、フェランドとグリエルモが軍隊生活へ行くと嘘をついて旅立ってしまうという筋書き。今回は設定を現代に置き換えて、世界を飛び回るビジネスマンの急な出張として空港から出立するという見事な翻案だった。声楽専攻の学生によるビジネスマンたちの合唱は、元を知っているとなおさら見ていて可笑しい。空港の発着案内板などという通常のオペラではあまり考えられない大道具も、もはや大阪音大のオペラではお馴染みとなった久保田テツ(ミュージックコミュニケーション専攻元教員)による映像がいかんなくその効果を発揮していた。

ドン・アルフォンソがオーナーを務めるホテル・ラウンジに場を移すと、バー・カウンターには山盛りのリンゴ。この後の「エデンの園」公園の場面でも鈴生りのリンゴの樹が象徴的に登場するが、これは不倫を“禁断の果実”として見立てたものであろう。バーテンのデスピーナ(𠮷田薫穂〈大学4年〉)は姉妹にリンゴとともに不道徳な行ないを勧める。
筆者はこの𠮷田の演技にとても目を惹かれるものがあった。細かな所作であったり、ちょっとした表情であったりが非常に舞台映えしていて、天性のコメディエンヌだと思わされた。こういった未来の才能を発見できるところも学生オペラの見どころである。
筆者はこの𠮷田の演技にとても目を惹かれるものがあった。細かな所作であったり、ちょっとした表情であったりが非常に舞台映えしていて、天性のコメディエンヌだと思わされた。こういった未来の才能を発見できるところも学生オペラの見どころである。


旅立つフリをして帰ってきたフェランドとグリエルモはアルバニア人に変装して姉妹を口説こうとする。ほとんどの日本人聴衆にとって、物語の舞台であるナポリにおけるアルバニア人の立ち位置というものはピンとこないだろう。もちろん筆者もそうである。しかし今回の上演では明らかにインド系移民の姿をした二人が現れたことで理解がしやすくなった。これもまた見事な翻案。
姉妹が愛を受け容れてくれないなら死ぬしかないと服毒自殺を偽装するアルバニア人たち。それを助けるために現れるニセ医者に扮したデスピーナ(北河和珠〈大学専攻科〉)。死にそうなフリをするフェランドとグリエルモの演技や、いかにもコスプレ然とした女医の姿、原作では当時の最新科学であっただろう解毒剤の磁石がヘンテコなAEDに置き換えられていることなど、笑いどころたっぷりのドタバタで第1幕は終わる。
第2幕では紆余曲折を経て元の相手とは違った組み合わせで交際に到ってしまう。迷える心情の独白といったような長大なアリアや二重唱は、いずれも高い歌唱力やアンサンブル能力に支えられていた。
フィナーレはニセ公証人に変装したデスピーナ(田口華蓮〈大学4年〉)の前で姉妹とアルバニア人が愛を誓ったところでビジネスマンの青年たちの帰還が知らされる。慌てる姉妹にネタばらしをしたのちにお互いを許しあい、少々とってつけた感のある人間賛歌のメッセージを発して幕は降りる。
姉妹が愛を受け容れてくれないなら死ぬしかないと服毒自殺を偽装するアルバニア人たち。それを助けるために現れるニセ医者に扮したデスピーナ(北河和珠〈大学専攻科〉)。死にそうなフリをするフェランドとグリエルモの演技や、いかにもコスプレ然とした女医の姿、原作では当時の最新科学であっただろう解毒剤の磁石がヘンテコなAEDに置き換えられていることなど、笑いどころたっぷりのドタバタで第1幕は終わる。
第2幕では紆余曲折を経て元の相手とは違った組み合わせで交際に到ってしまう。迷える心情の独白といったような長大なアリアや二重唱は、いずれも高い歌唱力やアンサンブル能力に支えられていた。
フィナーレはニセ公証人に変装したデスピーナ(田口華蓮〈大学4年〉)の前で姉妹とアルバニア人が愛を誓ったところでビジネスマンの青年たちの帰還が知らされる。慌てる姉妹にネタばらしをしたのちにお互いを許しあい、少々とってつけた感のある人間賛歌のメッセージを発して幕は降りる。


結婚式
三島由紀夫に『不道徳教育講座』というエッセイ集がある。不道徳の勧めを通して「道徳とは何か?」を逆説的に考えさせられるものである。今回の《コジ・ファン・トゥッテ》にも同じようなテーマを筆者は感じとった。本項でも触れてきた汎時代的な演出がなおのこと、時代や場所が異なっても男女が抱える事件は同じであることを思わせた。また「コジ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)」という、令和の世の中では「不適切にもほどがある!」とお叱りの言葉が飛んできそうなタイトルについて、井原広樹の演出ノートや伊藤寛納〈音楽学研究室 大学院1年〉のプログラムノートに共通して「では男はどうなのだ」という現代的な視点での記述があり目を開かされた。

ドン・アルフォンソを演じた島羽槻は、学生で唯一全幕を通した出演となった。堂々とした体躯を活かした、この物語の仕掛け人としての怪しげな役どころが板についていた。カーテンコールではやり切ってやや疲れたようにも見えたが無理はない。
翌日には出演者が総入れ替えのダブルキャストで上演するという。このオペラの副題の「恋人たちの学校」ではないが、「歌手たちの学校」である大阪音楽大学の層の厚さに改めて驚かされた。
翌日には出演者が総入れ替えのダブルキャストで上演するという。このオペラの副題の「恋人たちの学校」ではないが、「歌手たちの学校」である大阪音楽大学の層の厚さに改めて驚かされた。
Text / 坂井威文Photo / 上田浩江(上田浩江写真事務所)

坂井威文(Takafumi Sakai)
合唱指揮者、合唱文化研究者。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。豊中などで13の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事、関西合唱連盟主事、宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。
合唱指揮者、合唱文化研究者。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。豊中などで13の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事、関西合唱連盟主事、宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。











