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卒業生・修了生のみなさんへ <学長 本山秀毅より>


卒業生、修了生のみなさんへ


卒業生、修了生の皆さん、卒業おめでとうございます。本来なら卒業式に臨席され、皆さんの門出を見届けられるべき保護者、関係者の皆様にも合わせて本学の教職員を代表して心からお祝いを申し上げます。
今回、卒業式が中止になったたことで皆さんがどれだけ心を痛めておられるか、それは私の想像を超えるものです。現在も進行している諸般の事情が理由であると理解は出来ても、皆さんがそれらを心から受け入れられるものではないことは明らかです。大切な人生の節目であり新たな門出を祝う式典を実現出来なかったことを、残念に思い心よりお詫びします。

しかし同時に、皆さんが大阪音楽大学、短期大学部で学ばれた事実は些かも揺ぎません。友人やライバルとともに切磋琢磨したこと、尊敬する師から受け継いだもの、そして音楽を豊かに育まれたこと、新たな出会いや将来に向けてのきっかけを掴んだこと、それらは全て確かな事実として皆さんに積み上がっているのです。
私が、卒業される皆さんに改めて問い直して欲しいことがあります。音楽の専門技術や知識もさることながら、音楽を学ぶことを通して皆さんが得た「人としての成長」が如何になされているか、についてです。
師と向き合い、友と競う環境で、自分自身の中での葛藤も少なくなかったことでしょう。期日までに楽曲を仕上げねばならない計画性、本番における緊張を克服し、集中力と平静を保つ、アンサンブルの際の仲間への心配り、演奏を支える裏方としての心構え、果てしなく繰り返さねばならない練習への忍耐、先生や友人と向き合うコミュニケーション能力等々、音楽を学ぶ中で皆さんに問われた能力は枚挙にいとまがありません。
 この時期における皆さんの成長は、幼い頃のような「無意識」のものではありません。自らにその成長を自覚する能力があるはずです。音楽そのものが豊かに成長を遂げていることはもちろん、音楽を学ぶことを通して「人として」成長された皆さんに期待しています。

卒業式が中止を余儀なくされた今回の事態の先行きが見えず、世界中の人々が不安な毎日を過ごす中、今回ほど、文化や芸術を成立させるために「身体の健やかさ」に大きな意味を感じたことは無かったかも知れません。「健全な精神は健全な肉体に宿る」。一旦社会を淀んだ空気が覆ってしまうと、音楽に向き合う精神まで蝕まれることになります。そして今回のような状況の中では、音楽と様々なものとの関わりが明らかになります。先に述べた「健康」の他にも「お金」「時間」「気持ち」等々。それまで気に留めなかったこととの関わりがその答えを求めて迫ってくるのです。

「お金」との関わりは生きてゆく上で避けては通れない切実な問題でしょう。仕事が次々とキャンセルになる中で「音楽で生きてゆく」と理想を掲げても、それだけでは生きてはいけないことを実感します。また「時間」について、演奏の機会がなくなることで、演奏家がいかに凝縮した時間の中で自らを問いかけていたかが分かります。このように今回の事態が、今後皆さんが音楽と関わる中で考えねばならない問題を顕在化させています。
しかし同時にこれらの時間はわれわれが「音楽に対する思い」を保ち続けなければならないこと、そして「音楽を求める」姿勢は決して摩耗させてはならないことを、気付かせてくれることになりました。
第一次世界大戦中に徳島に囚われていたドイツ人捕虜たちによってベートーヴェン「第九交響曲」が演奏されたこと、またオリヴィエ・メシアンがナチスによる囚われの身の中で「四重奏曲」を作曲したことなど、苛酷な状況下でも音楽が人間が生きる力を与え、必要なものであることを示す例があります。
それらと全く同じではありませんが、この長い「自粛期間」は、改めて皆さんにとっての「音楽」の位置付けや価値を確認させてくれたに違いありません。
「あたりまえ」のように行われるべき卒業式がなかったという痛みと共に、今回の事態が「あたりまえ」のように皆さんに存在した「音楽」の意味と価値を気付かせてくれたとしたら、それは貴重な体験です。新たな出発にあたってそれを心にしっかりと刻み込んでください。

昨年の卒業式に、私が緊張しながら述べた式辞の中で、卒業生たちが期せずして拍手を送ってくれた一節がありました。その部分を引用しておきます。

【皆さんよくご存知の「太鼓の達人」というゲームがあります。打楽器を専攻した学生が音楽的にあのゲームに臨むと、思うように得点が出ないそうです。意外に思われるかもしれません。
しかし、これこそがわれわれの美質、最も大切にしなければならないところなのです。世の中が、いかに無機質に正確に効率よく得点をたたき出せるかに価値観をシフトしている中で、たとえ点数がでなくても音楽によって養われた皆さんの立ち位置は非常に貴重です。このことは、周囲が同じような感性を持っている学生時代には気が付かないかもしれません。しかし社会に出られて、様々な価値観に出会われる時に、必ずその意味するところに気付かれることでしょう。

このような場面で「はなむけの言葉」をお送りするのが通例です。それは多くの場合、先人の名言や教訓から引用されていることが多いのですが、私の個人の経験から言うと、それらはほとんど忘却の彼方へ消えてしまいます。そこで私は皆さんに以下のような言葉を贈りたいと思います。 

「太鼓の達人」に自らが積み重ねてきた音楽と共に向き合う。たとえ良いスコアが出なくても、そこにこそ学びの自分のアイデンティティがあり、誇るべきものなのだ」】


引き続き音楽の世界を極めようと学びを続ける人、教える立場に立って音楽の喜びを伝えようとする人、また音楽によって育まれた力を生かして社会で活躍しようとする人、卒業生、修了生にも様々な立場があるでしょう。それぞれの道において、音楽を学ぶ中で得たものを生かしながら、力強く前へ進んでいかれることを心から願っています。
卒業、おめでとう。


学長 本山秀毅