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〈レポート〉特別講義「トリオ・ヘルメス 弦楽器マスタークラス」


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レポート

イタリア・パルマで結成され、現在は弦楽器の製作で有名なクレモナの街で研鑽を積むピアノ・トリオ、トリオ・ヘルメス。彼女らが大阪音楽大学に来校し、弦楽器向けのマスタークラスを学内・学外問わず開放するということで聴講に伺った。5月29日、会場はミレニアム・ホール。室内楽としてはこれ以上ないピッタリの響きを有するホールだ。

[前半プログラム]
C.フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調 FWV 8より第1,4楽章

2コマ行なわれた特別講義のうち、前半は谷口響子さん(院2)のヴァイオリンと上原琴音さん(院1)のピアノへのマスタークラスだった。曲目は、C. フランクの《ヴァイオリン・ソナタ》。筆者も折に触れ聴き返したくなる名曲である。

まず初めに第1楽章と第4楽章が通して演奏された。現在のベルギー生まれでフランスで活躍したフランクの音楽は、のちのフランス印象派ほど淡い色彩ではないがフランス特有の微妙な色合いを持ったものだ。イ長調の属九の和音から始まる冒頭はまさにそのような印象を感じる部分である。この時点の演奏でも良い出来には感じたが、後の演奏と比べるとすこし硬さがあったかもしれない。
レッスンは第4楽章を中心に行なわれた。この曲の魅力はなんといってもヴァイオリンとピアノの掛け合いにあるのだが、最初の質問は「この曲をどういった発想で作ろうとしているのか?」だった。谷口さんの答えは「男女の愛」だった。これには講師たちも我が意を得たりと思ったようだった。ヴァイオリンとピアノの応答はまさしく男女の対話のようだからである。そうしたアイデアを拡げるように、お互いの音にきちんと反応した対等なアンサンブルを目指そうといったアドバイスで、当初見られた緊張が幾分和らいだように感じられた。この後も、何度か「自分の感じるように演奏して」というアドバイスは繰り返された。

この文章の冒頭でも触れたが、トリオ・ヘルメスはイタリア出身である。私たち音楽家が何気なく使っている音楽用語も当然彼女らにとっては日常言語であるわけで、「dolce cantabile」といった言葉に相反した意味が隠されているといった話題は会場で聴講していた全員にとっても発見だったと思う。講師のユーモアを交えた話を過不足なく翻訳してくれた、自身もヴァイオリニストだという通訳のマルゲリータ・ロマニェッロさんには拍手を贈りたい。

左よりジネヴラ・バッセッティ、フランチェスカ・ジリオ(トリオ・ヘルメス)

マルゲリータ・ロマニェッロ(通訳)

筆者は楽譜を見ながら聴講していたのだが、指導の内容は楽譜に書かれていることと書かれていないことの往還で構成されていたように感じた。つまり、前者に関しては書かれたことの忠実な再現を求める姿勢とそれを妨げている演奏者の癖への具体的なアドバイス、後者は抽象的なイメージ(「新しい文章を始めるように」「オペラの祈りの場面みたいに」「ここは祭から悲劇になっていく」といった指示)を膨らませた創造的な演奏法といったことだ。「弦楽器マスタークラス」というお題目だったが、西洋音楽の研鑽を積む他の楽器などの学生にとっても楽譜の読み方を見つめ直す機会になったことだろう。白熱した特別講義の前半は予定をオーバーして続けられた。

[後半プログラム]
W.A.モーツァルト:弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387より第1楽章

小休止を経たあとに出てきたのは、前半に引き続き受講の谷口響子さん(院1・1st Vn.)、中村春花さん(大2・2nd Vn.)、谷佑実さん(大2・Va.)、久木功大さん(大4・Vc.)による弦楽四重奏。「春」の愛称を持つ、W. A. モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番の第1楽章を披露した。
古典派のレパートリーだからか、先ほどのフランクよりも様式美にこだわったアドバイスが増えた。「フォルテとピアノのコントラストをはっきり」「同じように見える部分も同じように演奏しない」といったアドバイスは、同じ時代の曲を勉強するすべての学生に有効そうだ。
「弦楽四重奏は一人になるように」といったアドバイスもおもしろかった。お互いの弾き方や癖などを熟知して初めて“本物”になれるらしい。主役と伴奏の役割への意識や、途中でチューニングをやり直す指示も出たが、それも4人が一体となったアンサンブルのためだろう。

ギリシャ神話で学術を司どる神であるヘルメスの名に違わぬ通り、彼女らの指導の引き出しは「曲の成立の経緯」「楽譜の版の違い」「オペラや宗教曲などへの言及」など多彩な話題に満ちていた。テクニックはもちろん大事なのだが、音楽学研究室出身のひとりとしてはこうしたいわゆる“お勉強”も大事なことを実践レベルで言及してくれることが嬉しかった。
それでも筆者が目を見張ったのは学生の対応力だ。言われたアドバイスを自分なりに吸収してその場で演奏に活かしていく。筆者は演奏系の専攻の出身ではないのでこうしたレッスン風景を目の当たりにするのは初めてのことだったが、普段培われた基礎力が遺憾なく発揮できたのだと思う。

舞台上の背景にも映し出されていたが、大阪音楽大学は今年で創立110周年を迎える。それを記念して、このマスタークラスの翌日にはザ・カレッジ・オペラハウスでトリオ・ヘルメスによるコンサート「献呈三重奏」が行なわれた。今回、講習を受講・聴講した学生やコンサートを聴いた学生が、大阪音楽大学の歴史を背負ってトリオ・ヘルメスのように世界へ羽ばたく演奏者になっていくことを期待したい。

トリオ・ヘルメス

ジネヴラ・バッセッティ(ヴァイオリン)、フランチェスカ・ジリオ(チェロ)、マリアンナ・プルソーニ(ピアノ)によるトリオ・へルメスは、パルマのアッリーゴ・ボーイト音楽院でトリオ・ディ・パルマとピエルパオロ・マウリッツィのもとで学んだ後、ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーで研鑽を積み、現在はクレモナのヴァルター・シュタウファー・アカデミーにおいてクァルテット・ディ・クレモナの室内楽クラスに通っている。同トリオはウィーン国立音楽大学(MDW)に選ばれ、ハット・バイエルレ、アヴェディス・クユムジャン、パトリック・ユット、ヨハネス・マイスル等の教授陣と共に活動する機会を得た。その後、欧州室内楽アカデミー(ECMA)のゲスト参加グループになった。また、シエナのキジャーナ音楽院財団により、イタリア外務・国際協力省との協働プロジェクト「世界におけるイタリア音楽の若い才能」の参加者に選ばれた。トリオ・ヘルメスは、スポレートのドゥエ・モンディ音楽祭、サンタ・チェチーリア国立アカデミー、ナポリのアレッサンドロ・スカルラッティ協会などの音楽祭や音楽機関・施設で演奏会を実施した。同トリオはまた、ローマのアルゼンチン劇場でローマ・フィルハーモーニー・アカデミーとの初共演を飾り、青少年音楽ドイツ連合とのコラボレーションによりヴァイカースハイムのタウバー・フィルハモニーの2024年最初の定期演奏会でデビューした。ブリリアント・クラッシクス・レーベルからトリオ・ヘルメスの初CDがリリースされることや、イタリア放送協会のRaiラジオ3とのコラボレーションで、クイリナーレ宮殿のパオリーナ礼拝堂から生中継されたコンサートで演奏したことも特筆される。音楽学者兼音楽評論家のグイド・バルビエリとともにベートーヴェンとフランシスコ・デ・ゴヤに焦点をあてた美術と音楽を横断するプロジェクトを考案した。2025年よりピラストロがトリオ・ヘルメスの活動を支援している。

Text / 坂井威文