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「過去は戻ってこないので」(渡邊崇)


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コラム
筆者/渡邊崇(映画音楽作曲家)

序章:音楽賞受賞と伏線


先日、“2022 62nd ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS クラフト 音楽賞”というものを受賞しました。平たく言えば、2022年に作られたラジオCMの音楽の中で一番良かったよという賞です。
ちなみにそのラジオCMは“金鳥 虫コナーズプレミアム 棒シリーズ”です。

受賞した際に書いたコメントをここに転載します。

よくこんなに変わった曲をCMに使うなあと思いながら書いていました。しかもACCクラフト賞 音楽賞受賞との事。よくこんなに変わった曲に賞を与えるなあと今は思っています。

ただ、この曲は私が本当に好きな音だけを詰め込んだものなんです。ただ、こういった曲は仕事としての需要はないので、普段は封印しているのです。ですので、よくぞこのスタイルの曲を発注してくださったと思っていますし、よくぞこの曲に音楽賞を下さった!と心の底から嬉しく思っています。

次に仕事として、こういうスタイルで曲を書くのは10年後ぐらいでしょうか。(棒読み)

最後に“棒読み”と付けているのは、このラジオCMの企画が「棒読み」を題材にしていたからです。

第1章:昔は大工さんでした。


ここで話を20年弱遡った時代に移します。私は2006年に大阪音楽大学の短期大学部 作曲専攻を卒業しています。2004年に大学に入学した時は27歳で、それまでは大工(USJ作ったり)をしていました。入学式には妻と2人で参加し、妻が新入生に間違われ、私は付き添いの叔父さんなのか父親なのか、ともかくそんな存在に間違われました。

大阪音楽大学進学前までは大工仕事の傍らバンド活動をしていました。音楽は完全に独学で誰かに教わった事はありませんでしたし、教わるものだとも思っていませんでした。確か25歳の時だったと思うのですが、バンド活動を通して、ひょんな事からバルトークの弦楽四重奏を耳にしました。人生初クラシック体験です。

その四重奏に衝撃を受けた私は、当時弦楽四重奏にどういった楽器が使われているのかも知らないまま“弦楽四重奏を書きたい!”という衝動に駆られます。その勢いで楽器屋へ走り、作曲の教科書(属 啓成著)とキーボードを買い求め、貪るように読み、音を鳴らし“作曲ってなんだ!”を自分の頭と目と耳で一から確認していきました。人生初音楽理論です。

その時に分かった事が下の2つです。
  • これは出来る
  • 但し独学はむり

当たり前ですが、独学が無理ならば誰かに教わるしかありません。初めての楽典、音楽理論、五線紙と格闘しながら大学に進学し、そこからは2年間休まず勉強を続けました。自分のカリキュラムにはない授業でも、担当教員に頼み込み、興味のある授業は受講しまくってました。(ミュージッククリエーション専攻ではどの授業も聴講可能にしていますが、この時の体験が元です。)そして、空き時間は常に図書室で楽譜を読み、音楽の構造の分析をしていました。

そのような2年を大学で過ごす中で制作したアルバム“slider”(2007年発売)がドイツのレーベルから発売される事になり、音楽で参加した映画「モスリン橋の袂に潜む」(2006年製作)がドイツの映画祭で上映される事になります。

と、そこから快進撃が始まるのですが、そこは割愛します。

第2章:問題児“slider”


問題は在学中に制作した“slider”です。

のっけからヤギの鳴き声をサンプリングしたりしたりしていて、万人に聞いてもらおうなんて意思を全く感じさせません。むしろ拒否しています。

ここで、当時坂本龍一さんから“世界的にみて変わってる”というコメントを頂戴したslider収録曲の「Slow dance」をお聴きください。


続いて、聴いた誰もが困惑する曲「General Pause」を聴いて困惑してください。


まあ、世界的にみて変わってたり、人を困惑させてしまうような独自のスタイルを完全に築きあげていた訳です。

このアルバムは商業的には特に成功する訳でもなく、一部の尖った人達に刺さりはしましたが、大きな話題になる事もなく時は過ぎ去り、私はと言えば、sliderとは正反対の繊細なタッチの楽曲がなぜかうけて、映画界で名を成していく事となる訳です。

その間も独自のスタイルは平林勇監督というあまりにも独自のスタイルを築き上げた監督の元で着々と進化していく訳ですが、その話はまた別の機会に。

第3章:巡り巡って


さて、話を現代に戻します。

音楽賞を頂いた“棒シリーズ”の音楽制作ですが、2022年になって、実に発売から15年を経て、初めて“slider”を耳にしたCMのプロデューサーからコンタクトがあった事が始まりでした。しかも「sliderの感じ、そのままでお願いしたい」という依頼でした。
驚きましたよ。これを万人が聴くラジオCMでやるんですか?と。万人が聴く事を作曲した本人が拒否しているこの曲でCMをやるんですか?と。
制作にあたってはやりたい放題、書きたい放題しましたね。楽しかったです。しかもそれが、音楽賞を受賞してしまったんです。

私の困惑が分かりますでしょうか。渡邊崇の“大好きの原点”を理解できる人は世界的にみて一部の限られた人である事は自他共に認めている訳です。そのスタイル全開の曲が、2022年で最も優れたラジオCM音楽だったよと認められた訳です。
“嬉しい”と“困惑”が同時に込み上げてきました。

最終章:好きを曲げずに説明を尽くす


自らの表現を社会に受け入れてもらう為にはある程度、妥協は必要だという言葉を聴いた事のある人、忠告をされた人は多いのではないでしょうか。作品を発表すると批評されますし、納得のいかない言葉をぶつけられますよね。
私も色々な人から色々な事を言われます。監督から違うと言われたら、その時は素直に修正します。「好きを曲げずに説明を尽くす」と反しているようですが、そうですね、そこはもう少し複雑なのです。
私、これまでに数々の艱難辛苦がありました。でも、“好き”を曲げた事だけはなかったんです。監督に違うと言われたら、また違うタイプの自分の好きを全力で詰め込んだものを出してきたのです。

学生の皆さん。担当の先生や、あなたの音楽を聴いた人から、さまざまな言葉が寄せられてきますよね。うるせえ!という気持ちになる事もあると思います。それってとても大切な事だと思います。素敵です。
自分の好きを否定された時に大切な事は、自分を曲げない事と、相手を納得させられるだけの技術と表現力を身につける努力を重ねる事だと思います。自分の大好きについて説明(表現)を尽くす事だと思います。受け入れられなかったと言うのは、自分の好きを届けられるだけの技術が自分になかった、という事なんです。

好きを曲げてはいけないんです。

何故、好きを曲げてはいけないのでしょう。

それは、好きを曲げると、いつの間にか
“大好き”が
“大好きだった”と
過去形に変わってしまうからだと思います。

過去は戻ってはこないんです。
自分の情熱を過去のものにしてしまってはいけないんです。


最後に大学に入って2年目に書いた弦楽四重奏曲「the day comes surely whatever you do/これからの出来事など」をお聴きください。(今、聴くと色々と手直ししたいところだらけですが。。。)


渡邊崇(Takashi Watanabe)
映画音楽作曲家。第37回日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞した『舟を編む』、ベルリン国際映画祭で特別表彰を受けた『663114』をはじめ、『オケ老人』『湯を沸かすほどの熱い愛』『帝一の國』『浅田家!』など、数多くの映画音楽を担当。またCM音楽も多数手がける一方で、室内楽コンサート用に楽曲を書き下ろすなど、幅広い活動で知られている。
オフィシャルサイト

*大阪音楽大学 ミュージッククリエーション専攻 特任教授