2000- of 大阪音楽大学音楽学専攻

音楽を仕事にする!― 少人数ゼミでの徹底指導で、音楽を職業にする夢を実現しよう


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過去の卒業研究・修士論文題目
2000-

2000年度(平成12年)第31回

【卒論】
・バロック後期ルッカースラヴァルマンとフランスのクラヴサンに関する一考察
・島を離れたウチナーンチュ(沖縄人)の音楽行動 ~沖縄県諸見里「琉鼓会」を中心事例として~
・著作隣接権における実演家の権利について その問題点と将来~
・バロック時代における様々なサイズのリコーダー
・エイミー・ビーチの音楽活動における社会的制約
・現代に生きるわらべうた ~奈良市音声館の実践に基づいて~
・マーラーの交響曲における金管楽器の取り扱い
・シリンガーの作曲技法とジョージ・ガーシュウィン『ポーギーとベス』の音楽

【修論】
・ジャンケレヴィッチのドビュッシー解釈をめぐって ~音楽解釈の可能性~
・D.スカルラッティのソナタ研究 ~調構造を大きな枠組みとして~
・リストをめぐる1820~30年代のパリ音楽状況

2001年度(平成13年)第32回

【卒論】
・リコーダーとアイルランドWhistleの構造比較から見えてくるもの
・オラトリオ「メサイア」におけることばと音楽
・唱歌「故郷」の創作と現代日本における受容
・『讃美歌21』の特徴と今後の課題
・校歌の研究
・スクールバンドにおける金管楽器奏法指導についての考察

【修論】
・Nicolas de Grigny “Premier livre d'orgue”(1699)より5つのHymnusに関する考察

2002年度(平成14年)第33回

【卒論】
・J.S.バッハのカンタータとヴィオラ・ダ・ガンバ
・電子オルガンの可能性
・松竹少女歌劇の歴史 ~松竹歌劇の魅力と衰退の原因~
・現代の邦楽における古曲、近代曲、現代曲の使用頻度について ~そのことから考察できる邦楽の社会とその問題点~
・現代日本におけるピアノの再生
・音楽科授業におけるコンピューターの使用について
・ショパン国際ピアノコンクール歴代優勝者の活動と評価
・ディズニー映画が求める音楽 ~『ファンタジア』を起点として~
・時代の気分とポピュラーミュージック

【修論】
・創作和太鼓 ~関西における現状と問題~

2003年度(平成15年)第34回

【卒論】
・E.-C.ジャケ・ド・ラ・ゲールのクラヴサン組曲
・《ミニョン》リートの研究
・映画の感情表出と音楽の役割
・「耳を開き音を聴く教育」の目指すもの
・G.プッチーニ:歌劇『マノン・レスコー』の研究 ―J.マスネ:歌劇『マノン』と原作との比較において―
・J.M.オトテールの室内楽における装飾法
・精神科における音楽療法の現状と問題点

2004年度(平成16年)第35回

【卒論】
・ストラヴィンスキーのリコンポジション技法 ―バレエ≪プルチネッラ≫を題材にー
・モーツァルトのレクイエムの諸版をめぐる比較研究
・現代におけるミニマル・ミュージックの影響
・イギリス近代音楽史におけるE.エルガー作品の位置-社会的背景からの考察-

【修論】
・C.Ph.E.Bach 鍵盤音楽における運指法と音楽表現 ―18のProbestückeに基づく考察―
・行為としての編曲 -レオポルド・ストコフスキーの目指したもの-

2005年度(平成17年)第36回

【卒論】
・テレマンにおける「Essercizii Musici」のヴィオラ・ダ・ガンバ作品
・北ドイツの鍵盤音楽について ~ベームからバッハへの影響~
・音楽祭の可能性 ~<栃木[蔵の街]音楽祭>と<北甲斐★音楽祭>に見る~
・テクノロジーの発達と新しい音楽文化のかたち ~遍在の先の浸透~
・フランスとイタリアの装飾法 ―オトテールとバルサンティにみる両国の特徴―

2006年度(平成18年)第37回

【卒論】
・音楽祭の可能性
・フィンランド人としてのシベリウス ―ピアノ作品からの考察―

2007年度(平成19年)第38回

【卒論】
・ジョン・フィールドのノクターン
・吹奏楽の現状と可能性 ―吹奏楽コンクールへの提言―
・ヴィジュアル系ロックバンドの過去、現在と今後の可能性

【修論】
・ボッケリーニ再評価に向けて

2008年度(平成20年)第39回

【卒論】
・舞台音楽作品におけるアルテュール・オネゲルの創作理念―『火刑台上のジャンヌ・ダルク』の分析を通して
・日本の吹奏楽の現状とその問題―今後の発展を目指して―
・C.P.E.バッハに見る父の名残 ―フルート協奏曲Wq.168を主軸に
・アイルランド音楽がはらむ曖昧さ ―日本における受容とその変容を通じて

2009年度(平成21年)第40回

【卒論】
・現代の音楽科における絶対評価の現状と限界―「評価」と「目標」のかかわりを中心とした検証を通して―
・E.エルガー研究史の変遷―《ヴァイオリン協奏曲》にこめられたalma(魂)をめぐって
・日本におけるソウルシンガー―本場アメリカのソウルシンガーとの比較を通して

【修論】
・ピアノ協奏曲におけるジョン・フィールドの音楽語法

2010年度(平成22年)第41回

【卒論】
・イラン音楽としてのピアノ作品―ジャヴァード・マアルーフィの音楽実践にもとづいて
・『バイエルピアノ教則本』―ピアノ学習者との関わり、初心者向け教本である他の教本との関係を通して
・チャーリー・パーカーの即興演奏についての考察―ビ・バップ以前のジャズと呼ばれた音楽を通して―
・ゴスペルミュージックの日本的受容
・ヒンデミットの交響曲《世界の調和》の価値―歌劇への創作の中で
・フラメンコ史におけるカンテ・ホンド・コンクール(1922)―その歴史的意義を再考する

2011年度(平成23年)第42回

【卒論】
・鍵盤楽器における「歴史的指使い」の必要性をめぐる一考察~ヴァージナルの音楽を中心に~
・日本における二胡の受容
・コンピュータミュージックの制作過程―ある和菓子会社との共同制作の記録
・『浪花名物浄瑠璃雑誌』から読み取る義太夫節による国民感化の変遷

【修論】
・両大戦間期の『The Musical Times』におけるエルガーをめぐる言説

2012年度(平成24年)第43回

【卒論】
・編曲とコラボレーションから見るエレクトーンの今後の可能性

【修論】
・伊福部昭《交響的音画 釧路湿原》―映像と音楽の諸相
・日本のフラメンコ受容―明治期から昭和初期における先駆者たちの活動


2012年度(平成24年)第43回

【卒論】
・編曲とコラボレーションから見るエレクトーンの今後の可能性

【修論】
・伊福部昭《交響的音画 釧路湿原》―映像と音楽の諸相
・日本のフラメンコ受容―明治期から昭和初期における先駆者たちの活動

2012年度(平成24年)第43回

【卒論】
・編曲とコラボレーションから見るエレクトーンの今後の可能性

【修論】
・伊福部昭《交響的音画 釧路湿原》―映像と音楽の諸相
・日本のフラメンコ受容―明治期から昭和初期における先駆者たちの活動

2013年度(平成25年)第44回

【修論】
・ドイツ・バロック室内楽史におけるJ.パッヘルベルの室内楽作品の存在意義―≪音楽の楽しみ≫と≪カノンとジーグ≫を中心に
・H. I. F. von ビーバーの「ロザリオのソナタ集」における多面性―その様式論と宗教的秘義をめぐって
・サーストン・ダートの楽譜校訂と演奏解釈―イギリス的な営為としての歴史的演奏運動

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