東日本大震災復興を願う関西からの音楽的支援

2011年(平成23年)3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0という日本国内観測史上最大規模の「東北地方太平洋沖地震」が三陸沖で発生。東北地方を中心とした太平洋沿岸部を地震による巨大津波が襲った。この津波などの影響により「東京電力福島第一原子力発電所事故」が起こり、放射性物質の飛散・漏出という、実に深刻な事態をもたらした。政府は4月1日、当地震及びこれに伴う原子力発電所の事故による災害について「東日本大震災」と命名することを閣議決定。この震災による被災地域は東北地方を中心に北海道から関東地方の広範囲に及び、人的被害は死者・行方不明者を合わせて18,000人を超える甚大なものとなった。また、原発事故による電力供給の制約、そしてサプライチェーンの寸断などは、国内の経済、社会、文化など様々な分野に大きな影響を及ぼすに至った。

クラシック音楽界では、多大な被害を被った東北地方はもとより、首都圏でも演奏会場の被災や演奏家の自粛などによりコンサートの中止や延期が相次いだ。来日中のフィレンツェ歌劇場やチェコ・フィルハーモニー管弦楽団が急遽帰国となるケースや、様々な海外演奏家の来日が突如キャンセルになるなど、音楽業界は不測の事態に混乱を極めた。芸術活動に対する自粛ムードが国内に広がる中、4月12日に時の文化庁長官・近藤誠一が公式メッセージ「当面の文化芸術活動について」を発表し、被災地への哀悼の意を表しつつ、復興に向けたできる限りの文化芸術活動の推進を呼びかけた。

関西でも震災後、様々な公演の中止や内容の変更、国際コンクールや音楽祭の規模縮小などが目立った。その一方、被災地に思いを寄せる関西の音楽家たちが、チャリティ公演や追悼公演、慰問演奏などに積極的に取り組み始めた。



2011年(平成23年)の主だったチャリティ公演・追悼公演・慰問演奏

4月7日   大阪フィルハーモニー交響楽団「東日本大震災チャリティコンサート」(ザ・シンフォニーホール)
4月8~14日   東日本大震災復興祈念ウィーク(兵庫県立芸術文化センター)
4月23日   アンサンブル・神戸「東日本大震災チャリティーコンサート」(神戸新聞松方ホール)
4月26日   大植英次「阪急クラシック」チャリティーコンサート(宝塚バウホール、他)
4月28日   被災地支援コンサート@大阪市役所(大阪市役所本庁舎内会場)
5月3日   日本テレマン協会第199回定期演奏会「東日本大震災追悼コンサート」(夙川カトリック教会聖堂)
5月8日   東日本大震災復興チャリティコンサート 音のちから「集」(ザ・シンフォニーホール)
6月29日~7月21日   関西音楽人クラブ「オール関西クラシック がんばろう日本!」(いずみホール、他)
7月19日   The TARO Singers「宮城県石巻市震災被災地慰問コンサート」(石巻市役所、ほか)
8月7~9日   「鎮魂のタクト」佐渡裕被災地訪問プロジェクト(福島県いわき市小名浜市民会館、他)
9月4日   アンサンブル・神戸「東日本大震災復興支援コンサート」(神戸新聞松方ホール)
11月15日   「一日だけのオーケストラ」が贈る東日本大震災で失われた幼き命への追悼(いずみホール)
11月29、30日   ローム・被災地支援コンサート「京フィルコンサート」(岩手県宮古市・田老第1中学校ほか)


 

上記以外にも、関西の楽団やソロ奏者などが震災直後より公演会場にて義援金を募ったほか、中学・高校の吹奏楽部や市民合唱団などが開いたコンサートに震災避難者を招待するなど、様々な形の被災者支援が行われた。中でも、とりわけ象徴的であったのは、阪神地区を拠点とする音楽家たちの活発な復興支援活動である。これは、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災を身をもって経験したことによる犠牲者・被災者へのより深い共感や、「ボランティア元年」といわれるほどに当時全国各地から惜しみなく差し伸べられた復興支援への厚い謝意などが込められた、まさに心からの音楽的支援であったということができるだろう。
 

関西音楽人クラブ「オール関西クラシック がんばろう日本!」
リーフレット表紙
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 「一日だけのオーケストラ」が贈る東日本大震災で失われた幼き命への追悼
チラシ
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