関西元気文化圏構想

戦後日本の高度経済成長と共に花開いた大阪国際フェスティバル。そして大阪万博におけるエキスポ・クラシックスを一つの頂点として1970年代には著名海外演奏家が続々と来演し、大阪フィルハーモニー交響楽団や関西歌劇団をはじめとする地元音楽家たちの熱意ある活動も交え、関西楽壇は大いなる活況を呈していった。1980年代初頭にはクラシック音楽専用の大ホールとして日本初となるザ・シンフォニーホールが建設されるなど、大阪は民間主導による先取の気概を決して失わぬ文化都市であった。しかし、東京一極集中化に伴う文化的牽引力の低下、バブル崩壊による景気の低迷、更に1995年(平成7年)に起こった阪神・淡路大震災は関西経済に打撃を与え、関西楽壇もその影響を免れることはなかった。

21世紀を迎えても関西における文化的な回復の兆しが見えぬ中、2003年(平成15年)3月、時の文化庁長官であった河合隼雄が、東京一極集中是正に向けて関西の和洋様々なジャンルの文化の力で日本に活力を与えることを目指す「関西元気文化圏」構想を発表。8月にはこの構想を推進するため、文化庁、関西の自治体、経済団体、企業、マスメディアなどからなる「関西元気文化圏」推進協議会が発足した。この協議会発足に先立ち、6月には「関西元気文化圏」参加事業の募集が開始され、同月には事業登録第1号として劇団四季によるミュージカル《アイーダ》の本邦初演となる大阪公演(同年12月開催)が決定した。

この他、同年開催された「関西元気文化圏」の主だった音楽関連事業としては、9月から12月にかけて関西のホールを主会場として開催された「文化庁舞台芸術国際フェスティバル」(前年に文化庁主催により東京で初開催)や、11月に開催された「国際文化フォーラム」(びわ湖ホール中ホール)がある。このフォーラムでは、ウィーン国立歌劇場総監督であったイオアン・ホレンダーによる「オペラ - 今日の一過性のイベントの対極としての総合芸術作品」と題した基調講演や、初代びわ湖ホール芸術監督で指揮者の若杉弘らが出席した「オペラ・都市・社会」をテーマとしたパネル討論会が行われた。当時、本学教員でザ・カレッジ・オペラハウス館長であった中村孝義が司会進行を務め、参会したオペラに携わる国内外の第一人者らはオペラの社会的意義について真摯な論議を交わした。

また、この「関西元気文化圏」のプロジェクトに則り、従来関東と関西で格差のあった文化庁芸術祭の参加期間が当年度(平成15年度)より統一され、更には関東と関西でそれぞれ別個に芸術祭賞の選考が行われることとなった。更に、「文化を通じて関西から日本を明るく元気にすることに貢献した人・団体」を対象とした「関西元気文化圏賞」が制定され、平成15年度の初受賞者として人形浄瑠璃文楽と阪神タイガースが選ばれている。

なお、「関西元気文化圏」の参加事業として承認を受けた場合に使用が認められる特徴的な四角いロゴマークは、情熱を象徴したオレンジ色を基調とし、「東京中心の『経済力』に対し、関西文化の底力をアピールする」ものとしてデザインされた。


 

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