ミレニアムの大バッハ-没後250年

戦後間もない1950年(昭和25年)に没後200年、1985年(昭和60年)には生誕300年を祝された作曲家J.S.バッハ(1685–1750)。そして没後250年にあたった2000年(平成12年)、そのゆかりの地ライプツィヒの「バッハ音楽祭」を筆頭に、ミレニアムに沸きかえった世界各地で盛大な記念行事などが催された。日本でもこのバッハ・イヤーに因んだ数々の演奏会はもとより、ワーナー・ミュージック・ジャパンより全12巻(CD153枚組)からなる『BACH 2000』(バッハ大全集)が発売されたのをはじめ、1995年(平成7年)から刊行が始まった小学館の『バッハ大全集』が全15巻をもって完結(1999年)するなど、大規模な商業的企画が市場を賑わした。

かつて、ステレオLPの普及などに伴い1960年代日本に兆したバロック音楽の流行、1960~70年代に台頭した欧州の古楽専門の奏者やアンサンブルなどの相次ぐ来日、そして1980年代に一層活発化した古楽ブームに伴う演奏水準の向上や古楽器の修復・復元技術の進化などにより、バッハ演奏・受容をめぐる状況は戦後から現代への変遷において大きく転換してきた。このような中で迎えたJ.S.バッハ没後250年記念というアニヴァーサリー・イヤーは、モダン楽器演奏から古楽器演奏に至る20世紀後半のバッハの演奏潮流を概観するに相応しい機会となった。

この年、関西でも実に様々なバッハが鳴り響いた。まず、古楽系の来日オーケストラとしては、フランス・ブリュッヘン指揮による18世紀オーケストラとグルベンキアン合唱団(1月30日:京都コンサートホール大ホール)、ミシェル・コルボ指揮のフライターク・アカデミー室内管弦楽団とローザンヌ声楽アンサンブル(10月28日:ザ・シンフォニーホール)が来演し、共に《ミサ曲ロ短調》を演奏。一方モダン・オーケストラでは、ゲオルク・クリストフ・ビラー指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団と聖トーマス教会合唱団が《マタイ受難曲》(3月12日:ザ・シンフォニーホール)の初期稿の関西初演にして格式ある演奏を行い、深い感銘を残した。来日ソリストでは、チェロの名手ミッシャ・マイスキーによる《無伴奏チェロ組曲》(1月21、22日:ザ・シンフォニーホール)の全曲演奏が話題となった。

また、没後記念の企画ものとしては、開館10周年のいずみホールが「時を超えて~新世紀へのバッハ」(1月29日~12月8日)と題して全10回の演奏会シリーズを開催し、延原武春指揮テレマン室内管弦楽団、クイケン・アンサンブル、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮コレギウム・ヴォカーレ、当間修一指揮シュッツ室内合唱団、アンナー・ビルスマ、ジャック・ルーシェ・トリオ、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンなど、内外の著名演奏家・団体が出演し、器楽曲から宗教曲に至る個性的かつ多種多様なプログラムを披露した。同じく、いずみホールで行われた「サマーミュージックフェスティバル大阪2000〈ミレニアムの夏祭り〉~バッハさまぁの『うた』四夜~」(8月24~27日)では、関西ゆかりの演奏家たちにより、バッハの作品を古典派・ロマン派・近現代の作品と組み合わせるというユニークなコンサートが繰り広げられた。さらに、びわ湖ホールを主会場とした10演目14公演からなる「バッハ・フェスティバル2000」(9月16日~12月17日)が滋賀や京都で開催され、延原武春指揮テレマン室内管弦楽団やヘルムート・ヴィンシャーマン指揮ドイツ・バッハ・ゾリステンなどが参加。《マタイ受難曲》をはじめとする数々の作品が奏でられた。なお、異色のコンサートとして、「第42回大阪国際フェスティバル」においてジャズ・ピアニストの山下洋輔が出演し(佐渡裕指揮京都市交響楽団と共演)、「バッハをめぐる夜」と題した公演(4月14日:フェスティバルホール)で《無伴奏チェロ組曲第1番》や《チェンバロ協奏曲第3番》などに基づく即興演奏を行い、バッハ・イヤーに華を添えた。


 

「時を超えて~新世紀へのバッハ」シリーズ(1月29日~12月8日)
全10回チラシ
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「サマーミュージックフェスティバル大阪2000〈ミレニアムの夏祭り〉~バッハさまぁの『うた』四夜~」(8月24~27日)
パンフレット  
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バッハ没後250年記念「バッハ・フェスティバル2000」(9月16日~12月17日)
リーフレット チラシ
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