バブル期における関西の音楽賞・音楽祭・コンクールの興隆

1985年(昭和60年)9月の先進5カ国(米国、イギリス、西ドイツ、フランス、日本)によるプラザ合意以降、急速なドル安によって日本経済は円高不況に陥った、1986年(昭和61年)11月を景気の底として、以後、長期金利の大幅な低下や公共事業の活発化を受けて回復に向かい、1991年(平成3年)2月までの4年超に及ぶいわゆる「バブル期」が到来する。この「バブル期」の始まりとなった1986年(昭和61年)、関西のクラシック界では企業や財団などがメセナ的な社会貢献活動として主催する音楽賞や、自治体による地域振興を目的とした音楽祭やコンクールの設立が相次いだ。しかしながら、これらの内現在も継続されているものは限られており、今日的な観点からすれば、当時相次いだ音楽賞、音楽祭、コンクールの設立は「バブル期」における時代的な現象でもあったと捉えられよう。

音楽賞としては、1986年(昭和61年)5月14日に第1回目の受賞発表が行われた『ザ・シンフォニーホール音楽賞』(後に『ザ・シンフォニーホール国際音楽賞』と改称)がまず挙げられる。これは朝日放送創立35周年記念事業として設立され、ザ・シンフォニーホール(同社が創立30周年記念事業の一環として1982年に建設)において、年度内に優れた演奏を行った国内外の演奏者に対して賞を授与するというものであった。1985年度の〈大賞〉にはJ.S.バッハ生誕300年記念として《マタイ受難曲》を演奏した(1985年11月25日)ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(ハンス=ヨアヒム・ロッチュ指揮)が、〈クリスタル賞〉には大阪フィルとの「ベートーヴェン・チクルス」(1985年2月24日~6月30日)を行った朝比奈隆が選出された。この『ザ・シンフォニーホール音楽賞』は、1990年度より新設されたエー・ビー・シー音楽振興財団がその運営を継承。また当賞は、1996年度に『ABC国際音楽賞』、2001年度には『ABC音楽賞』へと発展し(1995、1999、2000年度は休止)、元来ザ・シンフォニーホールでの演奏者に限られていた審査対象も関西圏を中心として活躍する個人または団体へと拡大され、より地域に密着した公益性の高い顕彰活動となり2002年度まで継続した。なお、本学はザ・カレッジ・オペラ・ハウスの「日本オペラ・シリーズⅤ 黛敏郎追悼公演」《金閣寺》(1997年11月27、29日)公演により、1997年度ABC国際音楽賞を受賞している。

『ザ・シンフォニーホール音楽賞』に続き、1986年(昭和61年)9月8日に第1回『京都音楽賞』の贈賞式が行われた。同賞は、京都を中心に日本の音楽文化の向上を図るため前年9月に発足した京都音楽フォーラム(当時の京都信用金庫理事長・阿南孝士主宰)の中心的事業として創設され、作曲、演奏、研究、調査などの分野を対象に、「日本の音楽文化及び地域の音楽文化向上に貢献した個人又は団体」を顕彰するというものであった。第1回〈大賞〉には小澤征爾、〈実践部門賞〉には高橋アキ、〈研究評論部門賞〉には前田昭雄と牧野英三、〈地域活動部門賞〉には京都市交響楽団が選出されている。この後同賞は第11回(1996年)まで継続した。なお、バブル期に創設された他の関西の音楽賞としては、『青山音楽賞』(1991年創設―現在も継続、青山財団主催)がある。

また、バブル期における新興の音楽祭(音楽部門のある芸術祭も含む)としては、特に京都で顕著であり、「世界歴史都市会議」のオープニング・イヴェントとして始動した『京都国際音楽祭』(1987年開催、京都国際音楽祭実行委員会主催、京都市・朝日新聞社運営主管)や、『京都芸術祭 in 山科』(1987年開催、京都芸術祭 in 山科 実行委員会(山科文化芸術振興会)主催)、そして竹下政権の「ふるさと創生」を契機として誕生した『芸術祭典・京』(1991年開催、芸術祭典・京 実行委員会主催、京都市運営主管)などがある。これらの祭典は現在存続してはいないが、京都の文化芸術の発展を主目的とし、地域振興・市民文化の向上を図るという共通点を有していた。

一方、コンクールとしては、摂津市が市制20周年を記念し、同市の音楽文化の向上とクラシック分野の新人発掘を目的として1986年(昭和61年)11月27~29日に摂津音楽祭『リトル・カメリア・コンクール』を初開催(摂津市民文化ホール)。自治体主催による全国規模のコンクールとしては府下初の試みであった。審査対象はピアノ(連弾を含む)、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット、声楽の9部門で、関西圏にとどまらず、東京、静岡、岡山、広島などの全国各地を含めた170名超という主催側の予想以上の応募があり、ピアノの寺嶋陸也が予選、本選を勝ち抜き栄えある金賞を獲得した。当コンクールは以後、市民審査による賞や伴奏者に贈る伴奏賞などを設け、特色ある音楽祭(コンクール)として現在も継続している。バブル期に関西で設立された他のコンクールとしては、『和歌山音楽コンクール』(1988年開催―2010年終了、ニュース和歌山等主催)、『宝塚ベガ音楽コンクール』(1989年開催―現在も継続、宝塚市等主催)、『吹田音楽コンクール』(1990年開催―2009年終了、吹田市等主催)、『堺ピアノコンクール』(1990年開催―現在も継続、堺市ピアノ連盟主催)、『日本木管コンクール』(1990年開催―現在も継続、兵庫県東条町等主催)などが挙げられる。