1980年代半ばの神童ブーム

1981年(昭和56年)に18歳で初来日したヴァイオリンのアンネ=ゾフィー・ムターが天才少女として注目を集めて以来、1980年代半ばには様々なティーンエイジャーの演奏家が相次いで来日し、クラシック音楽界において神童ブームと呼ばれる現象が沸き起こることとなった。その嚆矢となったのは、1984年(昭和59年)に14歳にして初来日したギリシャのピアニスト、ディミトリス・スグロス。10歳でアテネ国立音楽院の教授資格を与えられたという驚異的な神童ぶりであった。「14歳。まだ初恋も知らないのに・・・」という来日公演のキャッチコピーは、その若さを商業的に巧みに表現していよう。同じくピアニストでは、1986年(昭和61年)にエフゲニー・キーシンが15歳にしてソ連から初来日。同年のチャイコフスキー国際コンクールのオープニング・コンサートに出演して一大センセーションを巻き起こし、その卓越したテクニックを日本でも披露し大いに話題となった。この後、ベネズエラのセルジオ・ダニエル・ティエンポ(1988年に16歳で初来日)といったピアニストの他、ヴァイオリニストでは五嶋みどり(1982年に渡米、1985年に14歳で日本デビュー)、ヴァディム・レーピン(1987年に15歳で初来日)やマキシム・ヴェンゲーロフ(1988年に13歳で初来日)など、早期天才教育を受けたソ連勢を中心として様々な国の若きヴィルトゥオーゾたちが彗星の如く現れた。

彼らは来日を重ねつつ日本国内におけるクラシック音楽市場に参入し、名のある巨匠や中堅演奏家たちとは異なった、爽やかかつ鮮烈な演奏で大衆性を獲得してゆくこととなる。これは恐らく、戦前より教養主義的な志向をもって聴取さてれてきたクラシック音楽が、戦後から高度経済成長期・安定成長期にかけての社会的な価値観の変化の中で、一般大衆にも親しみやすく気軽に楽しめるものとして幅広いポピュラリティーを有し始めたということと大きな関係があろう。第11回ショパン国際ピアノコンクールで優勝、国内で熱狂的な「ブーニン現象」を巻き起こしたスタニスラフ・ブーニンも、1986年(昭和61年)7月の初来日時は19歳のティーンエイジャーだった。特に若い女性の間で顕著であったブーニンの絶大なアイドル的人気も、ある意味、1980年代半ばの神童ブームの一端であったと見做すことができよう。