研究所の再編成

水川記念館(現・K号館)がまだ大阪音楽大学文化センターと呼ばれていた頃、1980年(昭和55年)4月に発足した文化センター研究計画委員会(のち研究委員会と改称)は、民族音楽、音楽音響など5研究室を開設し、可能であれば音楽文化研究所と統合したいとの計画を立てていた。同年10月15日、文化センター改め水川記念館のオープンと同時に5つの研究室が誕生しH号館から移転を終えていた音楽文化研究所とともに始動する。そして翌1981年(昭和56年)4月、新設の5研究室を音楽文化研究所に統合し、資料・実験の2部門各3研究室の「音楽研究所」として発展的改組を行った。所長には研究計画委員会の委員長を務めた浦山弘三が就任する。

当研究所の設立趣旨は、「大学、短期大学、大学院の共同利用研究施設であって、音楽とその周辺領域に関する学術研究・調査・資料収集を行い、本学全般における研究の進展と教育の質的充実に寄与するとともに、『開かれた大学』の理念にのっとり、学内外を問わず音楽研究者や関連する様々な分野の研究者との交流・共同研究を進め、その成果を広く社会に還元する方向をめざすものである」とされていた。

研究方法の上から、資料研究部門と実験研究部門という2部門に区分され、資料研究部門には音楽文化研究室・現代音楽研究室・民族音楽研究室が、実験研究部門には音楽音響研究室・音楽生理研究室・音楽教育研究室が設置された。各研究室の概要は以下に記す通りだが、その研究成果は1983年(昭和58年)10月15日創刊の音楽研究所年報『音楽研究』に報告されることとなる。

 


【音楽文化史研究室】
1966年(昭和41年)4月の開設以来行ってきた音楽文化研究所の活動を引き継ぎ、「関西洋楽文化史に関する研究」を中心的テーマに研究を行う。研究資料として関西の洋楽文化活動を中心とした情報資料を収集。


【現代音楽研究室】
現代音楽に関する図書・楽譜・テープや音響・聴覚・心理等に関する資料を収集、分析し、現代音楽の諸問題を多角的に研究する。現代音楽を考えるときに不可欠のテーマである人間の情報処理システムとしてのビートの問題、イメージ化や言語の問題など、心理学的、言語学的、社会学的側面からの研究も試みる。


【民族音楽研究室】
関心が高まる民族音楽の情報センターとして機能すべく資料を収集し、映画会等の開催によりその公開にも努める。中心とする研究課題は「大阪の音楽」で、具体的には“天神祭”を取り上げて、フィールドワークを行う。鶴澤清八遺文庫の浄瑠璃本や、山中豊氏旧蔵のSPレコードのコレクションを併置。


【音楽音響研究室】
演奏された音から、それを音楽として聴く際に重要な意味を有する音響学的要素を抽出し、演奏の型あるいは個性を数量的に把握する。音響的指標と聴取評価の相関についても分析する。また、電子的手段による音の合成・変調により電子音楽を制作し、制作上の諸問題を解明する。


【音楽生理研究室】
運動生理から見たピアノ演奏のための手指の巧緻性について研究する。ピアノ演奏に必要な指の運動群に対応した訓練用楽譜を使って被験者に練習させ、その指の巧緻を経時的に測定して、どの訓練運動がどのように指の可動範囲を拡げることができるかを究明する。


【音楽教育研究室】
幼児音楽研究を中心として、学校教育全般の諸問題について研究する。音楽社会の限られた枠内ではなく、広く一般の幼児を対象に正しい音楽教育の在り方を究める。「幼児の身体反応によるリズム感の育成」、「幼児のメロディー感覚の発達」を当面の研究課題とする。


 

音楽文化史研究室
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民族音楽研究室
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音楽生理研究室
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音楽教育研究室
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音楽音響研究室
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音楽音響実験室・電子音楽実験室(手前)

(現代音楽研究室兼用)

 


音楽研究所年報『音楽研究』


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音楽文化史研究室企画・制作の公演プログラム、ビデオ、DVD

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民族音楽研究室の研究による出版

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