初の広報紙発行

1984年(昭和59年)11月、新たに「企画委員会」が発足した。これは本学が新時代へ対応すべく、社会との結びつきを図り、全学的視野に立って企画振興を計画するために設けたものである。具体的には、特別行事、次年度行事の概要作成、演奏会、公開講座の企画などへの参画や理事会、教授会、各委員会の審議対象から漏れた案件の検討、大きな課題の原案作りための予備議論を行うなど、その業務内容はかなり広範囲であり、柔軟かつ機動性を持った委員会だといえる。

1985年(昭和60年)4月1日、この委員会が新しい広報活動として提案した初の広報紙『大阪音楽大学広報』が発行された。本学には10年前より教職員の意思疎通を図る目的で学内報『四季楽報』が発行されていたが、それは学外への広報を意図するものではなかった。しかし、この新たな広報紙は大学と社会をつなぐ接点としての意義をこめて発刊されたものであり、本学の情報を広く社会にアピールする使命を担ったものであった。

見やすく、親しみやすく、をモットーに、教育・研究の紹介、演奏会・公開講座案内、受験情報、卒業生の動向などを掲載、B5版、二色刷り、8~10ページという装丁で、年に6~7回発行し、在学生、教職員、卒業生、高校、音楽教室など学内外へ配布した。1992年(平成4年)1月、広報室が「OCMセンター」(愛称“ミューズ”)と改称することに伴い、1991年(平成3年)12月21日発行の1992年1・2月号No.53より『大阪音楽大学広報Muse』と改題し、現在も発行を続けている。



大阪音楽大学広報
右から創刊号、改題号、最新号(2015年9月号vol.235)

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