「山の学舎」計画の実現

10年前に創立50周年事業として進めてきた校舎の建て替え、またさらなる拡充計画は1974年(昭和49年)のH号館の竣工をもってひとまず完了した。途中、大阪国際空港の着陸コース直下にあり、飛行機の騒音に悩まされていた本学は、昭和47年度より順次防音工事も行っていたが、デリケートな演奏への微妙な影響を完全に排除するのは困難であった。また管楽器などの練習の音が周囲に響き、近所からは逆に騒音の苦情が絶えなかった。移転当時の1954年(昭和29年)頃は、あたり一面畑が広がり、何もなかった庄内の地も住宅が増え、校舎に民家が張り付くように建ち並ぶ状況だったのである。自然に恵まれた環境の中で、学生たちがのびのび練習のできるような施設を作りたい…1962年(昭和37年)に第二の校地を川西に求めた時も同じことを計画し、断念していた経緯があった。今度こそその実現をめざすことが、次なる創立60周年の中心事業となった。セミナーハウス「山の学舎」の建設である。

5年越しで箕面市下止々美の山中に32,430㎡(9,810坪)の土地を入手。保護者、学生、教職員、卒業生等から学校債を通じ資金面で甚大な協力を得て、1976年(昭和51年)5月15日に起工式を行い、建設に至った。庄内校舎から車で行くこと約40分、池田から国道423号線をしばらく北上し、余野川を渡った先の約300mのつづら坂を登ったところに、ほどなく平屋建て鉄骨造りの3棟の校舎が完成した。同年12月のことである。

翌年、1977年(昭和52年)4月26日に開所式を行い、「山の学舎」の利用を開始する。同年9月に「箕面校舎」と改称したこの施設は、AからC棟まで1棟各1教室で、うち1棟は教室兼食堂になっており、厨房やシャワールームも完備され、180名の宿泊も可能であった。スクールバスを運行し、授業、集中講義、レッスンや合唱・合奏の実習室、休暇中にはクラブの合宿場として、また教職員の研修や親睦を深める場としても利用された。隣接の山林も借り受け、1978年(昭和53年)には遊歩道、休息所、アーチェリー練習場なども設置した。




「山の学舎」完成まで

下止々呂美の山林を拓き、つづら坂に道を造成、山頂に校舎3棟の建設を開始
画像 画像 画像

 

10月25日、上棟式を行い、12月23日竣工
画像 画像 画像



 

「山の学舎」完成後

民家を離れ、自然あふれた環境の中に完成した念願の「山の学舎」
画像 画像 画像
 

 

授業や集中講義、クラブの合宿場、教職員の研修など様々に利用された
画像 画像 画像
 
画像 画像  

 

C棟に完備された厨房とシャワー室
画像 画像  

 

遊歩道からはのどかな風景を楽しむことができ、自然に囲まれた休憩所で練習したり、アーチェリーに興じたりする学生の姿が見られた。
画像 画像 画像