第三代学長誕生

1980年(昭和55年)3月15日、水川学長の逝去に伴う学長選挙が行われたが、過半数を得た者がいなかったため、24日に行われた再選挙の結果、副理事長であった田中喜一が学長に就任する。田中は文学の教授で、1971年(昭和46年)に結成された本学教職員組合の初代、第四代委員長を務め、1975年(昭和50年)に理事に就任、本学教職員の給与、定年の両規程作りに手腕を振るった。翌1976年(昭和51年)には新設された学長補佐職(音楽学部)に就くも、翌年その職を退いて音楽文化研究所所長に就任。さらにその翌年となる1978年(昭和53年)には理事長補佐、そして1980年2月1日、水川の様態が急変したことを受け、理事長代行となって法人の実質責任者となった。水川の大学葬の翌日、3月6日、副理事長(理事長職務取扱)に就任していた。

第三代学長となった田中は4月7日、臨時教授会を招集し、就任の挨拶で次の3点を基本姿勢として発表した。
 ・関係各位と徹底した相談の上で事を運ぶ。
 ・財政面、教育面ともに多難のおり、時に水川路線の修正もあり得る。
 ・ビジョンは大きく、しかし当面は小さい事柄から一つずつ着手する。
また、自らの心構えとして
 ・事柄を感情で処理しない。
 ・意欲にあふれての失敗は許されたい。消極、怠惰のための失敗は批判を受ける。
と語り、全教職員に一層の奮起と一致協力を要請した。

その後、1984年(昭和59年)の学長選挙で再選、1987年(昭和62年)には理事長にも就任し、学長の任期が満了する翌年まで兼任。1996年(平成8年)3月まで理事長を務めた。学長、理事長在任中には、創立70周年を記念した過去最大の催し「フェスタ70」の開催や、日本初のオペラハウスの建設など、さらなる飛躍をめざしていく。





第三代学長 田中喜一

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文学の授業を行う田中喜一学長

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学長となって初の大学祭

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