創立60周年──「創造」の結実

創立50周年に、亡き永井幸次の跡を受けて第二代学長となった水川が打ち出した教育目標は、音楽芸術の「修練・研究・創造」であった。経ること10年、創立60周年を記念した定期演奏会では、高校、大学ともにその「創造」の結実を披露すべく、いずれも本学教員の作品を発表することとなった。

10月30日に毎日ホールで開催された付属音楽高等学校の第19回定期演奏会では、創立60周年の慶事を有意義なものにしようと考え、自分たちで独創性のある合唱曲を演奏しようということになった。橋口武仁、水谷一郎両教員に作詞、作曲を委嘱。そうして完成されたのが女声合唱《わたげ》である。「バリトン・ソロを伴う女声合唱とシンセサイザー、ハープおよび弦楽器のために」という副題がつけられており、校長自らソロを歌い、谷川勝巳教員の指揮で、高校の総力を結集して演奏を行った。この作品はレコード化もされ、形のあるものとして残されることとなった。

一方、11月27日にフェスティバルホールで行われた大学の第18回定期演奏会は全曲が本学教員の新作という大変意欲的なプログラムであった。これは1972年(昭和47年)の日中国交正常化を受けて、次は中華人民共和国への演奏旅行を行い、中国との国際親善、音楽教育機関との交流を図ることを創立60周年記念事業の一つとしようと、その時の演奏曲として準備していたものであった。しかし、時の国際情勢からそれはかなわず、この定期演奏会で発表することにしたのである。日中友好平和条約が批准されるのは、3年後の1978年(昭和53年)のことであった。以後、中国からの視察団は度々受け入れているが、本学から中国への演奏旅行はまだ一度も行われていない。

この時発表された作品を見てみると、景山伸夫は《3台のピアノによる祝典音楽》について「創成の苦しみや困難を克服して今日に至る歴史の推移と、未来への発展を曲全体の流れの中に表現してみようと思った」と本学の過去から未来に想いを馳せた作曲意図を記している。また、近藤圭は《日本の心》と題し、邦楽器と洋楽器の異質な音の組み合わせで実験作を試み、水川学長が二首の短歌を詠んだ。和洋音楽の学府たる本学ならではの作品といえる。そして大栗裕の《春江花月夜》はまさに中国を意識した、1,200年前の張若虚の長詩によるカンタータで、テノールの林誠と300名の大合唱団が歌った。

創立から60年、中国演奏旅行は幻となったが、修練、研究を積み重ねた創造の結実は確かな手応えとして残せたのではないだろうか。

 

 

大栗裕《春江花月夜》楽譜

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