沖縄演奏旅行

1972年(昭和47年)5月15日、戦後四半世紀にわたりアメリカの統治下にあった沖縄が、日本に返還された。その当日、水川学長は学長室で沖縄出身の3学生に置時計を贈り、沖縄の本土復帰を祝った。そして本学の管弦楽団を沖縄に派遣して、それぞれの母校で演奏会を開き、ステレオを贈呈して、せめてもの本学の沖縄復帰記念の微意を表したいと彼らに話したという。このことを掲示板に大きく書いて全学生に知らせた時、学生の一人が涙ぐんでいた姿を忘れることができないと、水川は沖縄公演のプログラムに記している。

11月26日、小橋潔学部長ら教職員5名、学生67名、オーケストラ要員4名の計76名が全日空機と日航機の2便に分かれ、一路沖縄へと大阪空港を飛び立った。那覇に到着した一行は西海岸を経由して名護へ向かい、その日のうちに名護中学校で第1回目の演奏会を行った。翌27日は午前中に名護市内の久辺中学校で生徒対象の音楽教室、夜はコザ市(現・沖縄市)の越来中学校で演奏会、終演後夜のうちに那覇に移動して、28日の午前中は那覇市内観光を行い、午後からは首里高等学校にて昼は音楽教室、夜は演奏会を行うというハードスケジュールをこなした。沖縄最終日となる29日は午前中に糸満からひめゆりの塔などの南部戦跡めぐりを行い、2泊3日の船旅による帰路についた。

この時の演奏旅行は沖縄の人々の苦労をねぎらい、祖国への復帰を祝うためのものとして、費用の一切は本学が負担した。そして約束通り、訪れた各学校に1台ずつのステレオを贈った。訪問先の学校からは、本学管弦楽団の生の演奏に接することができたのは傷ついた若者たちの心の浄化にとって大変意義深いものであったという感謝の声が寄せられた。生徒たちを対象とした音楽教室も、戦前戦後を通じてこのような催しは初めてのことだったと大変喜ばれた。

本学は沖縄での演奏会を6年前の1966年(昭和41年)の台湾演奏旅行の際、帰りに立ち寄って行うことができないか計画を試みたことがある。その時はかなわなかったが、本土復帰からわずか半年後にそれを実現した。音楽を通じて悲願成就の祝意を届けることができたことは、本学にとってもより一層価値のある演奏旅行となったのである。

 

 

特別演奏会プログラム

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音楽教室プログラム

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訪問校からの礼状

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演奏会の合間の沖縄観光

万座毛にて

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守礼門にて

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黎明の塔にて

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ひめゆりの塔にて

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