本学と大阪万博

1970年(昭和45年)、日本列島はアジア初の万国博覧会開催に沸いた。音楽関連の催しはフェスティバルホールでのエキスポ・クラシックスをはじめ、万博会場の万国博ホール、お祭り広場、水上ステージ、各パビリオンなど様々な会場で多彩な演奏が繰り広げられていた。そんな中、大阪万博は本学の名を歴史に残す忘れられない出来事となる。本学合唱団が地元大阪の音楽界を代表し、何度も大舞台を踏んだのである。

まずは5月13日、最大の呼び物であったカラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のベートーヴェン・チクルスに出演。アサヒコーラス、大阪市民合唱団とともに100名を超える本学合唱団が《第九》を演奏した。カラヤンの指揮で歌えるということに、学生たちの緊張、興奮ぶりは大変なものであったという。準備の指導には朝比奈隆、クラウス・プリングスハイム監督のもと、浦山弘三、宇宿允人、木村四郎があたった。

そして6月29日はお祭り広場で開催された「日本国ナショナルデー」に出演。皇太子ご夫妻、佐藤栄作首相ら各閣僚、石坂泰三万博協会会長らが参列する中、式典が行われた。皇太子殿下のお言葉のあと、本学合唱団300名がこの日のために團伊玖磨が作曲した《日本新頌》を團自らの指揮で、大阪フィルハーモニー交響楽団とともに演奏した。その模様は全国中継され、衛星を通じてカナダにも放送された。

さらにエキスポ・クラシックスの最終日、9月12日のフェアウェルコンサートにも出演。今度は朝比奈隆指揮、NHK交響楽団の演奏でアサヒコーラス、大阪市民合唱団とともに本学合唱団が再び《第九》を歌い、半年にわたる祭典の有終の美を飾った。

1970年は本学にとって創立55周年でもあったが、万国博覧会というオリンピックに次ぐわが国最大のイベントに参加できたことで、まさに記念すべき年となったのである。





カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演を果たした本学合唱団
 
練習風景
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(公財)朝日新聞文化財団提供

 
公演写真
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(公財)朝日新聞文化財団提供

 
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(公財)朝日新聞文化財団提供
 




フェアウェルコンサートで再び《第九》を歌う本学合唱団

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万博の催しに出演を重ねた本学合唱団はその貢献が認められ、日本万国博覧会協会より感謝状を受ける

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