楽器博物館開設

永井幸次は伊丹の邦楽器研究家で収集家、製作者としても著名な水野佐平と親交があった。永井は生前、水野より秘蔵の邦楽器を本学に譲りたいとの意向を聞いていたが、当時は校舎が未完成で収納場所がなかったため、存命中にはかなわなかった。永井逝去の翌年、1966年(昭和41年)11月、水野は本学を訪れ、邦楽科設置のためにもと、改めて自身のコレクション150点の寄贈を申し出た。その頃にはすでにA号館も完成しており、本学はその申し出を受けることとなった。そしてそれを機に、諸外国の楽器をさらに集めて博物館を作る計画を立て、翌年の4月、その前段階としてA号館の2階に楽器資料室を設置した。

F号館が完成した1968年(昭和43年)5月、同館2階に移転し、楽器博物館と改称する。邦楽器は箏の発達史が一目でわかるように、一弦琴から現在の生田・山田流の箏までが並べて展示され、箏の名手だったといわれる「小督局(こごうのつぼね)の間」の実物大模型や雅楽の楽器、石村近江作とされている逸品を含む各種三味線などがあった。前年にはソウル大学校より韓国国楽の楽器18点も贈られていた。

西洋楽器では管楽器を中心とする古典楽器や、1816年ブロードウッド社製のベートーヴェン愛用のものと同型のピアノなどを所蔵。このピアノは1967年(昭和42年)、大阪国際フェスティバル協会主催の「ベートーベン展」に出展されていたものを、本学が頼んで買い入れたものであった。その後、1970年(昭和45年)12月17日に同協会がフェスティバルホールで主催したベートーヴェン生誕200年記念の「生誕の日を祝う会」に、当時の博物館でかたわらに展示していたベートーヴェン像とともに貸し出し、小林道夫が《ピアノソナタ「月光」》を弾いた。

楽器博物館は民族音楽学、音楽史、楽器学などの教育、研究のために活用されていたが、こののち6年足らずで1974年(昭和49年)、F号館から新築されたH号館へ移転。そして1979年(昭和54年)5月2日からは週1回、水曜日の午後1時~4時30分に一般公開されることとなった。現在のK号館へ移転し、リニューアルオープンとなったのはその1年後、1980年(昭和55年)10月15日の水川記念館(現・K号館)開館披露の時であった。

 

 

 

H号館時代の楽器博物館(撮影年不詳)
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ソウル大学校より寄贈された韓国国楽の楽器
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1816年ブロードウッド社製ピアノ
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現在も古典ピアノ群の中に展示されている
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「生誕の日を祝う会」でロビーを行き交う聴衆の注目を集めたベートーヴェン像
ドイツ人のユリウス・ツンブシュ彫刻、芸術院会員小金丸幾久復刻によるもので、現在はK号館2階に設置されている
 

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1967年(昭和44年)9月27日、本学は水野翁に謝意を捧げるため、胸像を収め、除幕式を行った
 

現在、博物館入り口横に設置される水野翁胸像と寄贈の箏
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1970年(昭和45年)7月には中庭の東北隅に水野翁寄贈の松を植え、顕彰碑を建てた
現在、博物館のあるK号館敷地内に移設されている
 

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1979年(昭和54年)3月1日に発刊された楽器目録第一版には当時展示していた「小督局の間」の実物大模型が表紙を飾っている
 

楽器博物館目録第一版 表紙見開き
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