深めゆく国際交流

前年の台湾演奏旅行で成果を得た本学は、1967年(昭和42年)、今度は韓国国立ソウル大学校音楽大学と姉妹校の協定を結び、合同演奏会を開催することとなった。これは両大学並びに学生相互の親善を図るとともに、音楽芸術、特に両国の「国楽」の振興に資し、更に両国間の文化交流に役立てたいとの趣旨からであった。

6月25日、金聖泰学長以下34名が大阪空港に到着し、本学より水川学長はじめ関係教職員、学生100名余が出迎えた。本学ホールで歓迎の吹奏楽演奏会を開催した後、初めての合同練習が行われた。翌26日は練習後に本学体育館で歓迎パーティーを開き、参加者一同、和やかな時間を楽しんだ。また同日、本学が会場校となった東洋音楽学会関西支部の例会で、同行の李恵求教授による「朝鮮の国楽(雅楽)」についての講演があった。李は30日にも本学で同様のテーマの特別講義を行い、作曲、楽理、箏専攻生たちが聴講した。

合同演奏会は27日に毎日ホールで昼夜2回、28日に神戸国際会館で1回の計3回開催された。いずれも満員の盛況ぶりであったが、毎日ホールの夜の公演には韓国総領事夫妻をはじめ来賓が多数来場し、ロビーでも日韓親善ムードが繰り広げられたという。また、ロビーには合同演奏会開催の記念として、ソウル大学校より本学に寄贈された韓国国楽の楽器が展示され、聴衆の目を引いた。開演直後、両国国歌が演奏され、宮本政雄と林元植指揮によるベートーヴェン《序曲レオノーレ第3番》、サン・サーンス《ピアノ協奏曲第2番》が続いた。林はソウル大学校音楽大学の教授で、朝比奈の薫陶を受けた指揮者である。ピアノはソウル大学校の尹美郷。韓国の国楽をはさみ、ドヴォルジャーク《交響曲第9番「新世界より」》の演奏が終わると、会場は割れるような拍手に包まれた。

2日間の公演を無事に終え、ソウル大学校一行は京都、大津の観光などを楽しんだ後、最終日の7月1日には毎日放送のテレビ番組にも出演して、大阪をあとにした。

そして11月、今度は本学が韓国へ招待される。11月5日、水川学長以下5名の教職員と学生29名がソウルへ向かった。本学2度目の海外演奏旅行である。金浦空港では金学長らの盛大な出迎えを受け、大学のホールで歓迎の合唱演奏会が開かれた。第1曲目に明快な日本語で歌われる本学の校歌を聴いたとき、水川は作詞作曲をした故永井幸次を思い浮かべ、胸が熱くなったという。

7日の午後2回、3千名収容のソウル市民会館を超満員にして、両校学生90名による合同演奏会が行われた。日本大使やソウル大学校の総長、ソウルにある7つの音楽大学の学長、教授らも来場していた。演奏曲は日本公演とほぼ同じ。両国国歌のあと、日本公演とは逆に、林が《レオノーレ》を宮本が《新世界》を振り、本学助手の佐藤价子がグリーグ《ピアノ協奏曲》を弾いた。このときの反響も熱烈なものであったと水川は記している。一行を代表して水川ら教員4名が金玄玉ソウル市長よりソウル名誉市民章を、楽団員全員が徽章を受けた。

こうして本学は韓国とも親善を深め、文化交流の成果を上げることができた。言葉が通じず、最初は緊張の面持ちであった両国の学生たちも、練習の過程ですぐに打ち解け、仲間意識が芽生えていったという。隣国の学生とお互いの国で一つの演奏会を成し遂げたことは、両国学生にとって大きな実りある経験となったのである。

 

 日本公演 6月27日(毎日ホール) 28日(神戸国際会館)
 
大阪空港に降り立つソウル大学校一行
画像

 
マスコミも詰めかける中、盛大に出迎えた
画像

 
練習には林の師、朝比奈も駆けつけた
画像

 
歓迎パーティーで挨拶する水川学長
画像

 
箏や男声合唱、室内楽で歓迎
画像

 
演奏会場ロビーで寄贈楽器の展示に見入る人々
画像

 
プログラム
画像
※画像をクリックすると拡大します

 
日本公演・韓国公演チケット
画像
※画像をクリックすると拡大します

 
国歌演奏
画像

 
韓国国楽の演奏
画像

 
神戸ポートタワーを見学
画像
清水寺など京都・大津も観光
画像
 
 韓国公演 11月7日(ソウル市民会館)
 
歓迎パーティー
画像
チケットにプレミアがついたという韓国公演
画像

プログラム
画像
※画像をクリックすると拡大します