国際フェスティバル始まる

20世紀後半の日本の音楽祭を議論する際に「大阪国際フェスティバル」を筆頭においても異論は出ないだろう。実際、過去の50年間に開催された記録を繰れば、世界中の名演奏家や定評のある演奏団体がだいたい網羅されている。

音楽祭の始まったのは1958年(昭和33年)。20世紀前半の外来公演を手掛けてきたアウセイ・ストロークの助言により、朝日新聞創業者の村山ファミリーが事業を決断、ストロークの客死という想定外の出来事もあったが、財を費やし、官民を調整し、開催にこぎつけた。また、前例のない規模の国際芸術祭は、大阪のみならず日本中の音楽ファンを熱狂させた。なお、開始時の名称は「大阪国際芸術祭」であり、大阪中が一致団結して運営にあたったが、第2回以降は「大阪国際フェスティバル」の名称のもとで財団法人大阪国際フェスティバル協会が音楽祭を統括していった。

長らく継続されてきた「大阪国際フェスティバル」だったが、50回を機にフェスティバルホールの改築とも相俟って一時中断。2013年(平成25年)から新生のフェスティバルホールによって新たに音楽祭が継承されている。



第1回大阪国際芸術祭公演一覧(第10回大阪国際フェスティバルプログラムより)
この他の会場でも音楽だけでなく、演劇、美術、映画など数多くの協賛催事が行われた。

公演一覧




4月10~13日 ニューヨーク・シティ・バレエ団公演【アメリカ】
フェスティバルホールでの芸術祭開幕公演であり、同ホールのこけら落しでもあった。

NYシティバレエ団




大阪国際芸術祭の開幕チケット(ニューヨーク・シティー・バレエ団公演)

チケット




上製本によるプログラム

プログラム




第1回大阪国際芸術祭出演者のサイン
各人のメッセージとともに印刷され、プログラムに挟み込まれていた

サイン




4月11~17日 ザルツブルク人形劇団公演(産経会館)【オーストリア】
(第1回大阪国際芸術祭プログラムより)

ザルツブルク人形劇団




4月12、13日 アマディウス四重奏団公演(朝日会館)【イギリス】
(昭和33年4月14日 毎日新聞夕刊)

アマディウス四重奏団




4月15、16、18日、5月1~3日 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(現・サンクトペテルブルク・フィルハーモニー 交響楽団)公演
【ソ連】
(昭和33年4月16日 朝日新聞夕刊)

レニングラード




4月27、28日 歌舞伎 尾上菊五郎劇団公演(歌舞伎座)【日本】
(第1回大阪国際芸術祭プログラムより)

歌舞伎公演



協賛催事が各所で行われた



4月11~16日 「目で見る音楽展」(昭和33年4月14日 毎日新聞夕刊)
毎日新聞社が大阪国際芸術祭に際して大阪そごう百貨店で開催。音楽遺跡の写真や楽器、蓄音器、楽譜等が展示された。

目で見る音楽展




昭和34年4月18日~5月3日 第2回大阪国際フェスティバル 浮世絵展(新朝日ビル文化ホール)
浮世絵展を観るストランヴィンスキー夫妻(両端)(『How has it been? 1959 OSAKA INTERNATIONAL FESTIVAL』)より

ストラヴィンスキー夫妻



主会場となったフェスティバルホール内外は国際色に包まれた


出演者各国の国旗がなびく新朝日ビルディング(1959年 第2回大阪国際フェスティバル)

新朝日ビルディングの外観 新朝日ビルディング
会期中の新朝日ビルディングの外観
(『How has it been? 1959 OSAKA INTERNATIONAL FESTIVAL』表紙)





客席(1959年 第2回大阪国際フェスティバル 同上冊子より)
開幕には各国大使も招かれた

大阪国際フェスティバル客席




ロビー風景(1959年 第2回大阪国際フェスティバル 同上冊子より)
数多くの外国人客の姿は海外に来たような錯覚を起こさせる

ロビー風景 ロビー風景

 

 

楽屋風景(1959年 第2回大阪国際フェスティバル 同上冊子より)
ソ連のヴァイオリニスト、クリモフと伴奏者ヤンポリスキーを訪れたアメリカのアルマ・トリオ。
楽屋においても、国境を越えた文化交流が見られた。

楽屋風景