学生だけの創作オペラ《竹取物語》

1952年(昭和27年)の團伊玖磨《夕鶴》初演に端を発し、関西歌劇団が《修禅寺物語》や《赤い陣羽織》を初演するなど、この時期関西洋楽界は創作オペラの活動が盛んであった。その影響もあってか、1955年(昭和30年)2月5日、本学自治会ならびに演奏部主催で、学生たちによる創作オペラ《竹取物語》が上演された。

作曲したのは本学作曲科の2年生で、高校3年時に本校文化祭で、当時未完成だった同作品の一部を高等学校自治会演奏部が演奏していた。完成したのは前年の昭和29年暮れのことで、脚色はその学生の和歌山大学の友人が行った。衣裳を担当した本学声楽科の学生が京都美術大学(現・京都市立芸術大学美術学部)の友人2人に美術・装置と照明を依頼。本学管弦楽部と声楽科学生30名がヴァイオリン専攻の学生の指揮のもと、演奏を行った。演出は本学の桂直久教員が行い、歌唱指導を横井輝男教員が行ったが、作曲、脚本から指揮、演奏、衣裳、美術、照明、プログラム作成と、すべて大学生だけの手によるものという画期的な公演となった。そしてその中心メンバーは、ようやく本格的に自治会演奏部に産声を上げた「オペラ研究部」の学生たちで、彼らの活動の記念すべき第一歩でもあった。

3幕8場、2時間半にわたるこの作品は、合唱に《越天楽》を取り入れ、《マルタ》《蝶々夫人》《ラ・ボエーム》などを手本に作曲されたという。公演当日は超満員だったらしく、翌日の毎日新聞は、「学生だけの創作オペラ発表会が芸術に結ばれた友情によって開かれ、在阪の音楽関係者たちの注目を集めた」と報じ、関西交響楽団指揮者、朝比奈隆氏談として「外国でも学生だけのオペラなど例がないだろう。(中略)日本の作曲の歴史ももう四十余年になるが、オペラの作曲をした人は四、五人ぐらいだ。我々としても大いに反省させられる」と記している。

その後、この《竹取物語》を作曲した学生、高井良純はミュージカル作曲家として宝塚歌劇団を中心に、また指揮をした藤本幸男は弦楽器の分野に活動し、出演者の安則雄馬、窪田譲、矢野蓉子、山村弘らは本学の声楽教員となる。「オペラの大阪音楽大学」という特色がこの頃から明確に学内外に意識されてきたのではないだろうか。



プログラムより

《竹取物語》プログラム表紙 《竹取物語》キャスト一覧

 

 

招待券

《竹取物語》御招待券




練習風景

《竹取物語》オーケストラ練習風景 《竹取物語》舞台練習風景

 


集合写真

創作オペラ竹取物語の研究発表