外来演奏家ラッシュ

戦後初の外来演奏家は毎日新聞社が招いたラザール・レヴィであった。しかし世界有数の外来演奏家となると、何と言っても1951年(昭和26年)に朝日新聞社が招聘したエフディ・メニューインである。それ以降、海外より著名な演奏家たちが次々に来日し、関西でも公演を重ねるようになる。1953年(昭和28年)、2月21日付の国際新聞は「外人音楽家ラッシュ あわてた楽壇大騒ぎ」との見出しで、「年々増え続ける外国人音楽家の来日がいよいよ年間30名にものぼると予想され、東京では音楽会の会場や聴衆を奪われている日本人の演奏家たちが、外国人音楽家招聘反対の態度を表明している」という内容を報じた。記事は「今年の外人音楽家ラッシュをヤマに、この楽壇異変がどうひっくりかえるかが注目されている」と結んでいるが、その後も外来演奏家のラッシュは当分その勢いが衰えることはなかったのである。

この頃の主な外来演奏家

招聘元は新聞社、放送局、オーケストラなどであった

1951年(昭和26年)
8月6日 前売券を求めて徹夜組を含め、朝日会館の
周りに100mの行列ができたという
10月13日 朝比奈隆指揮の関西交響楽団と練習するメニューイン
日本のオーケストラとの初協演であった
メニューイン前売券行列 メニューヒン練習

10月14日 メニューイン提琴演奏会(宝塚大劇場)
朝比奈隆指揮 関西交響楽団
メニューイン演奏会
 

1952年(昭和27年)
4月 9月
ゲルハルト・ヒュッシュ(ヴァイオリン) ブタペスト弦楽四重奏団
主催:日本放送協会・ラジオサービスセンター 主催:日本放送協会・ラジオサービスセンター
ゲルハルト・ヒュッシュ ブタペスト弦楽四重奏団

 

10月 11月
アルフレッド・コルトー(ピアノ) エレナ・ベルガー(ソプラノ)
主催:朝日新聞社 主催:朝日新聞社
朝比奈隆とアルフレッド・コルトー
朝比奈隆とアルフレッド・コルトー
エルナ・ベルガー

 

 

1953年(昭和28年)
3月 3月
ジョセフ・シゲティ(ヴァイオリン) ヴァルター・ギーゼキング(ピアノ)
主催:毎日新聞社 主催:読売新聞社
シゲティ ギーゼング

 

5月 10月
マリアン・アンダソン(アルト)
主催:大阪中央放送局・ラジオサービスセンター
アイザック・スターン(ヴァイオリン)
主催:大阪中央放送局・ラジオサービスセンター
マリアン・アンダソン アイザック・スターン(ヴァイオリン)

 

 

1954年(昭和29年)
4月 4月
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ) フェルッチョ・タリアビーニ(テノール)
主催:毎日新聞社 主催:吉田音楽事務所・梶本音楽事務所
バックハウス フェルッチョ・タリアビーニ(テノール)

 

4月 5月
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮) ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
主催:NHK交響楽団・京都放送局・大阪中央放送局 主催:朝日新聞社
カラヤン指揮 ヤッシャ・ハイフェッツ

 

10月
ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
主催:日本楽器/新日本放送・毎日新聞
ケンプ

 

 

1955年(昭和30年)
2月 5月
ダヴィット・オイストラフ(ヴァイオリン) シンフォニー・オブ・ジ・エア(管弦楽団)
主催:読売新聞社 主催:毎日新聞社・日本放送協会
オイストラフ シンフォニー・オブ・ジ・エア(管弦楽団)

 

10月
ミッシャ・エルマン(ヴァイオリン)
主催:読売新聞社

ミッシャ・エルマン