短期大学第二部開設

第二部(夜間)開設への布石は、短期大学が開学した1951年(昭和26年)の秋にすでにあった。11月4日に開催された第一回短期大学秋季大演奏会のプログラムに、「選科生(夜間部)募集」と書かれた印刷物が含まれていたのである。それによると、働きながら音楽を愛好する一般人や、趣味で勉強する学生のためにこの制度を設けたとある。この時は器楽科、声楽科、受験準備科の3科があった。

いよいよ本格的に第二部開設を望む声が高まり、1953年(昭和28年)9月30日に増設申請を行った。この時もまた運動場確保の問題に直面するが、近くにあった真田山公園グラウンドの代用案を提出したところ、運良くこれが通り、1954年(昭和29年)2月15日に認可を受けることができた。図書および標本の整備、専門科目の教授を増強することなどが条件であった。

専攻は第一部と同じ作曲楽理・声楽・器楽科の3つで、定員も同じく40名。4月1日に第一期生が入学した。教職課程も第一部、第二部の正規の課程(中学校教諭二級普通免許状=音楽)として、この年の11月18日に認定された。



1951年(昭和26年)11月4日 第一回短期大学秋季大演奏会プログラムより

大阪音楽短期大学第1回秋季大演奏会プログラム