大栗裕と本学

大阪船場で生まれた大栗裕(1918〜1982)は、大阪市立天王寺商業高等学校を卒業後、東京でのホルン奏者としてのオーケストラ活動を経て、関西交響楽団(現・大阪フィルハーモニー交響楽団)に入団し、その後1955年(昭和30年)に《赤い陣羽織》で作曲家としてデビューした。音楽学校や作曲家に弟子入りして学んだわけではなく、ホルン奏者として現場でのキャリアを積み、独学で作曲家となったのである。翌年には朝比奈隆とともに渡欧し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会で《大阪俗謡による幻想曲》が朝比奈の指揮によって演奏されている。

その作風は大阪の伝統音楽、浄瑠璃や義太夫節から民謡、天神祭りの祭礼のお囃子など、大阪の民俗的素材を縦横に取り入れ、大阪方言の抑揚を生かしたオペラ作品など、大阪という土地がもつ多層的な土俗性にこだわり続けたところに最大の特徴がある。

本学とは、1954年(昭和29年)から亡くなる1982年(昭和57年)までの長きにわたり、ホルンなどの講師をつとめたことや作品を通じての人的交流も含めて深い関わりをもっていた。このことから没後30年にあたる2012年(平成24年)、本学は社団法人大阪フィルハーモニー協会などともにザ・シンフォニーホールにおいて、「甦る大阪の響き─大栗裕没後30年記念演奏会」を開催した。大阪フィルハーモニー交響楽団はもとより、大阪市音楽団、関西歌劇団など、大栗ゆかりの人々や団体が出演したが、本学からもOBホルン・アンサンブルが参加した。この日のためにプロ・アマ問わず結成された18歳以上のホルン奏者・愛好家による140名のホルン・オーケストラなど、総出演者が400名を超えたことも記憶に新しい。文字通り、大阪が生み関西人に愛された作曲家であった。



大栗裕(昭和29年12月9日 関西交響楽団第76回定期演奏会プログラムより)

ホルンを持つ大栗裕



同演奏会でモーツァルト《ホルン協奏曲第2番K.417》のソリストをつとめる大栗裕 指揮:朝比奈隆(同上プログラムより)

朝比奈隆指揮・ホルンソロ大栗裕